トランス女性として生きていて傷つくコメントのひとつに「あの人、やっぱり元男だから」というのがあります。どうしようもない外見で言われるのも辛いですが、しぐさ、考え方、趣味嗜好でそう言われるのも苦しいです。
しぐさはまだ練習できるので本人次第という意見もあるかもしれませんが、私は海外にいるのをいいことに努力を怠っています。こちらは日本よりしぐさの男女差が小さい感じがするので。勝手な思い込みかな? むしろ男性(だと思い込んでいた)時代に女性的なしぐさにならないよう極力努めていたのから解放され、今は全く地でやってます。日本に行ったときは気をつけなくちゃかもですね。私の「地」ではまだまだ日本では男性的?
でも妻によると私の歩き方は前から女性っぽかったとのこと。へ?歩き方ってそんなに違う?いかにも男性的・女性的な歩き方は確かにありますが、ほとんどの人はどっちでもない中性的な歩き方をしているんだと思ってた。疑問を呈するとしぐさも今から考えると女性っぽいのがあったとの指摘。え、そんな馬鹿な… 完璧に気を付けてたはずなんだけど。まあいいや。今はそういうわけでしぐさに関しては全くの自然体です。
でも考え方、趣味嗜好に関して「女らしさ」「男らしさ」で個人を縛り付けるのには強く反対します。「それは男性的な考え方」「女性はこういう気持ちになるもの」「メカや兵器に関心があるのは男性の証拠」「女性ならメークやファッションに気を使うべき」云々。枚挙にいとまがありませんが、米国に比べると日本で特に顕著のような気がします。昨年1月の投稿「女性脳と男性脳」でも述べましたが、(性別・人種など)グループごとで平均に差がでるという事実からその逆にグループ内ではその属性を共有しているはずということにはなりません。後者は人種差別、性差別の根源であり、極力避けるべき考え方だと思います。
冒頭の例ですが、同じ考え方、あるいは趣味を持っていてもシス女性ならOK、トランス女性なら「やっぱり元男だから」と言われるのはひどいです。シス、トランスに限らずステレオタイプ化された女性像、男性像で人々が縛り付けられることのない社会になっていきますように。
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[昨日(日本では一昨日?)のニュースについて]
ryuchell さんの訃報にショックを受けています。ご本人の言葉でトランス女性であると公言はされてなかったようですが(英文メディアでは大概が transgender と表記しているようです)、離婚後のコメント・言動からは性自認が女性であると示唆されるものがたくさんあり、性別移行していると思われる様子を密かに応援していました。
夫であり子供の父親であったはずの自分と女性であることが明らかになってしまった自分との折り合いをつけるのはそれだけでも難しいです。無敵の超KY鈍感能天気者の私でも電車のプラットフォームや高層階のバルコニーに異常な恐怖心を覚えるくらいの罪悪感に苛まされます(前はそんなことなかったのに)。ryuchell さんの場合はそれに加えて有名人であるが故にSNS上で猛烈な誹謗・中傷を受けていたんでしょうね。離婚後はトランスヘイターの攻撃が加わったのかもしれません。性自認にしても離婚にしても他人が口出しすべきでない全くプライベートなことなのに。
実際に何が起こったのかはわかりません。でも性自認が男性だったら、あるいは身体が女性だったら――つまりシスジェンダーだったら――こんなことにはならなかったのでは。やっと女性としての自分と向き合えるようになった感じだったのに。さぞかし無念だったろうと思います。こんなことが二度と起きませんように。同じ思いをしていたであろう人の悲報は苦しいです。
