私が自分自身をトランス女性として受け入れるまで、というかそもそもシス・ヘテロでないことを疑い始めるまで随分時間がかかったことはカミングアウトまでの経緯(2021年9月から2022年3月頃の投稿)でお話ししました。

 

時間がかかった主な理由は性自認と性的指向が独立していることを知らなかったこと(つまりトランスレズビアンというのは概念すらなかったこと)、性自認について不正確で時には間違った情報がネットに氾濫していたこと、そして私自身に長年にわたって社会に刷り込まれたトランスフォビア(内在的トランスフォビア)があったことですが、それにしても50代になるまでわからなかった?

 

自分の意識が解放された今は、自分を男性だなんてよくも思いこんでいたもんだ、生まれたときから女性だったのはあまりにも明らかなのに、という思いが強いです。そして完全に本来の自分を受け入れた今頃になって、あ、やっぱり私周りのシス・ヘテロの男性とは前からちょっと違っていたかも、と思い当たることがあります。

 

(以下18禁気味のお話なので閲覧注意です。)

 

ひとつはポルノに対しての淡白さ。学校時代クラスの中では周りの話題から置いてけぼりをくうタイプだったこともあり、高校まではポルノと接点がなかったのですが(バイクとかさぼりとかお酒とか、いわゆるちょい悪系のこととも無縁のつまらないやつでした)、大学以降、20代になってもエロ雑誌を隠し持っているなんてことはありませんでした。女性にはすごく興味あったし人並みに性欲もあったはずなのになぜ? 

 

理由は男性の身体が少しでも画面にあると一気に興味が失せることにあったと思います。自覚はしていましたが珍しいわけではなくまあ普通なんだろうと勝手に思ってました。男の身体なんてほんのちょっとでも見たくない、絶対やだ、なんてヘテロだったら当然だよねって。こんな話は親しい友人しかできないのでサンプル数はごく少ないのですが、訊いてみるとどうもほとんどの男子は気にしてないようで。

 

男性側に感情移入してるからOKなんだって。つまり私はビデオでも写真でもマンガでもどうしても男性に感情移入できなかったわけです。雑誌等なら女性のみのものもありますが、ストーリー無しで一人でポーズをとっている写真って私にはピンときませんでした。女性側の感情の高まりを感じることが私にとってはすごく大事だったわけですね。でもいまだに私みたいなのがシス・ヘテロだったらどのくらいの少数派だったののかはわかりません。どうなんだろ?

 

もうひとつはペニスの大きさに関して。特に米国に来てから男性の友人達とのよくある下ネタ会話でようやくわかってきたのですが、男性はペニスの大きさに誇りをもっているらしいということ。これに関しては日本人の友人との経験がないので文化的な違いかもしれませんが、事あるごとにサイズの話が。私としては比べたくもないし男性器に興味なんてそもそも全くない、男性器の話なんてしたくない!というのが本音。普段なんて小さいほうがいい、大きかったら邪魔でしょうがない、と信じて疑わなかったので、全く理解不能でした。

 

まあこれもシス・ヘテロ男性ならどのくらいの少数派になるのかはわかりません。でも私の男性の身体に対する忌避感はかなり昔から強烈なものがあったようです。自分のものは仕方ないけど(必要な時だけ性行為ができてあとは)普段排泄機能さえしっかりしていてくれれば感謝。身体も健康的だったらOK。でも他の男性の身体は見なくていいなら絶対見たくない。

 

結婚してからは男性友人との下ネタ会話なんてめっきり減りました。全くなくなったって言ってもいいかも。そしてやがて私がトランスであることを自覚していくわけですが、もう男性との下ネタ会話はないのかな、と思っています。でも私の昔からの男性友人は困惑するよね。飲みに行っても前と同じ感じで話できないって思われるかも。私の前でも下ネタ会話、昔みたいにやっていいよー。もしこれ読んでくれてたら。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 性同一性障害(MtF・MtX)へ
にほんブログ村

 

Cover Photo: courtesy of Gratisography