前回の投稿で「ネパールはチベット文化圏」と述べましたが、調べてみるとチベット系の民族はネパールでは少数派なんですね。多数派はインド系のようです。大変失礼いたしました。ネパール料理店のメニューが色濃くインド料理の影響を受けているのもうなずけます。チベット系が多い東隣りのブータンとはだいぶ違うようです。本物のチベット料理ってどんなんだったっけ。
さて、実は以前から気になっていたのですが、私のブログのタイトル、「元フツー男子、在米MTF 55歳からの性別移行」にはやや不適切な表現が含まれています。きちっとした知識をもった方には一目瞭然で、本来ならば修正すべきなのですが、今まで読んでいただいている方はそれて私のブログを認識していていただいていると思っているので敢えてそのままにしてあります。
で、問題の箇所なのですが、まず「元男子」という部分。私の立場から言えば私は性自認が女性で生まれてきたことが今でははっきりしているので、「元男子」あるいは「元は男性だった」という認識についてはそうじゃない、という気持ちが強いです。「元は社会的に男性として生活していた」というほうが正確ですね。それから「MTF」という言い方。これも「男性から女性になった」という単純化されたイメージにつながりがちですが、やはり「元は男性だった」という前提が見え隠れしていて事実ではない感じがするわけです。
ですので厳密にいえば「元男子」とか「MTF」という言い方は今ではトランスの世界では推奨されていません。ただこのレベルの「不適切さ」はかなりトランスジェンダーについて理解していただいている方、上級者レベルの知識だろうと認識してますので、私は現時点では大らかに構えています。もっともっと基本的なところで世の中の理解が進んでほしいと願う部分がまだまだありますので。というわけで私のブログのタイトルは当面「元男子」「MTF」のままで、投稿文内でもこれらの単語を使うかもしれません。その場合、(本当は女性だったんだけど)以前は社会的に男性として生活していた、という意味に解釈していただければと思います。
以前の繰り返しになりますが、シス、トランス、ヘテロか否かにかかわらず性自認も恋愛対象も「そう生まれてきた」人たちがほとんどのはず。え、トランス女性って男性に生まれてきたけど女性になりたい人のことでしょ、なんてレベルの認識の人達がまだまだ多いのですが、当事者でも――特に長年社会に昔の性別観を植え付けられた中高年の世代は――自分の性自認を理解するのに何年もかかることが珍しくありません。(私もそうでした) ですのでより正しい理解が広まるのはなかなか難しいのでしょうね。
「女性になりたい」というのと「もともと女性なのでその正しい性別で社会に認識されたい」というのが微妙に違っているのは、やはり前者が元は男性であるという前提に聞こえるところです。「生物学的な(性染色体の発現による身体的な)性別」と「性自認による性別」の違いという言い方もできますが、二者択一でどちらかを選べということではありません。私はあくまで双方とも科学的・医学的事実だという立場です。ただ「性自認による性別」はまだ日の浅い、今世紀にはいってやっと確立されつつある概念なので、これがトランスジェンダー当事者のみならずシスジェンダーの皆さんにもあることが社会に認識されていけば徐々にその重要性、特にトランス当事者にとっての重要性に対する理解も深まるのかな、と期待しています。