イーロン・マスクの娘、といっても一番上の娘のことです。マスクは複数の女性との間に12人の子供をもうけたそうなので他にも娘はいるようです。この一番上の娘は現在20歳で名前はヴィヴィアン・ジェナ・ウィルソン。この女性は実の父親であり世界屈指の富豪であるマスクとこの若さにして――法的に可能になる18歳に達してすぐに――絶縁しています。なぜでしょう?
もちろんご存じの方も多いと思いますが、ヴィヴィアンはトランス女性。吐き気を催す程の反トランス発言を繰り返し、ツイッター買収後名称変更したそのSNS上ではLGBTQ、特にトランスジェンダーへの攻撃を「解禁」した父親。ヴィヴィアンのカミングアウト後も娘に対してミスジェンダリング(性別を敢えて本人の望まないほうで言及すること)、デッドネイミング(本人の望まない方の性別の名前、つまり元の名前で呼ぶこと)を繰り返す父親に完全にあいそが尽きたというのは容易に想像できます。
一般の方から見たらマスクは元々保守派、だから反LGBTQ、と見えるかもしれませんが、私には逆のように思えます。マスクの政治理念がLGBTQ以外に関してはそれほど強硬保守派であったいう印象は私は持っていませんでした。キリスト教福音派(宗教保守派)というわけでもないし。
マスクはインタービュー等で自分の「息子」はリベラル派の主張する(トランスジェンダーを容認、サポートする)「イデオロギー」によって「殺された」、学校やメディアに「息子」が「洗脳」された、というコメントをしており、自分は「息子」を奪われた被害者という意識を極めて強くもっていることが伺えます。またそれが故にリベラル派サイドへの激しい憎悪を隠そうとしません。
つまり自分の「息子」を奪ったこの憎きリベラル派とその「イデオロギー」を自分の世界最強の金力で叩き潰してやる、トランスジェンダーなんて存在しないことを世界に示してやる、そして願わくば「息子」が「洗脳」から解けて自分の元に戻ってくるように、というのがマスクの望むシナリオ。もちろんそのためにはトランプと共和党に肩入れして当然、というのが私のうがった見方です。
もちろん元々保守派でトランスジェンダーなんて受け入れられない、という素地があったのは確かですが、娘のカミングアウトをきっかけに少し学んでみる、という方向には全くいかなかったようですね。ヴィヴィアンが女性であることをカミングアウトしたのは16歳の時、恐らく2020年。マスクがツイッターを買収したのが2022年。ツイッターユーザーを反トランスに誘導する意図があったことは間違いないと思っています。(もちろんそれ以前もツイッター上に反トランスコメントは溢れすぎていましたが)
マスクの強烈な反トランス言動は「息子」を失ったことによる悲しみが原因だから同情の余地あり?もちろんそれは全く違います。全然。一人のトランス当事者として言わせていただければ――社会的・身体的な性別が変わったとしても私の人格、意識、その他全ては前のまま、同じ人間です。つまり脳みそはおんなじまま。私はまだここにいます。失ったなんて言われたくない。まだ死んでません。本当の私を見てほしい。
前にも述べましたが配偶者、性的パートナーにとっては性別移行は別次元の意味を持ちますが、その他の家族、親友に関しては「兄を失った」「妹を失った」「母を失った」「息子を失った」「友人を失った」などと思われたくはありません。性別移行は本来のあるべき性別への移行であり、間違った性別への決別。理想的には祝福されたいものなのです。ですので親としてのマスクの反応は言語道断最低最悪、というのが私の評価です。
でも世界有数の影響力をもつ父親相手にしっかり自分の意見を述べるヴィヴィアンの勇気には感服します。マスクはあらゆる手をつくしてヴィヴィアンの「洗脳」を解こうとし、脱トランスへ追い込むための布石を打ってくるでしょうから少し心配です。