2月16日、アラバマ州高裁は不妊治療に不可欠なIVF(体外受精)用凍結受精卵は州法上人間であるとの判断を下しました。中絶反対強硬派は人間としての始まりは受精の瞬間であり、その時点からは法的に人間として扱われるべきであるとの主張を展開しています。これをベースに中絶反対、中絶禁止を目指しているわけですが、今回のアラバマ州高裁の判断はその主張に沿ったものなので中絶反対派からは大喝采。受精卵の段階で人間ならばそれが体内か体外かは関係ないということ。でもーーだとするとIVF用の受精卵も全て人間、だからそれを廃棄すると殺人?

 

全米でも一、二を争う保守色の極めて強いアラバマ州にあってもこれは予想外だったようです。これによりIVF等の不妊治療をアラバマ州内で行っていた病院は難しい立場に立たされました。ご存じの通り受精卵はその多くが着床、成長にまで至らないため、治療の際は通常複数の受精卵を用意します。成功率を高めるためにはとにかく複数回のトライが一番なので、患者の負担を減らすためにも卵子採取は一回で多めに。受精後は成長の可能性が少ないと判断された受精卵は廃棄、うまくいきそうな受精卵は次回以降のために凍結保存。

 

つまり凍結受精卵はIVF治療提供に不可欠なわけです。首尾よく出産までこぎつけた場合も余った受精卵をすぐどうするか決めるカップルばかりではありません。子供を切望するカップルは治療成功の確率を高めるためのために多めに受精卵を作成する場合が多いため、その結果各病院には元患者のものも含めて相当数の凍結受精卵が保管されています。病院側としても今まで考えてもいなかったけどこの余剰受精卵の廃棄が犯罪になるとするとさあどうする?

 

アラバマ州で不妊治療を行っている病院は将来的に廃棄の可能性の高い凍結受精卵の州外への移送などのメドがつくまで次々にIVF 治療を中断し始めました。これにはさすがに共和党内からも悲鳴が。IVFに望みを託している不妊治療中の共和党支持者ももちろんいるわけで、結局共和党は急遽IVFを提供する医療機関は法的責任を問われないという例外規定を設けた州法案を通すことに。

 

でもそれじゃなんか当初の司法判断が完全に骨抜きになったような気がするんですが。そして受精卵は法的に人間という(中絶反対派の)大原則に反してない?まあ医療機関以外の人物・組織が受精卵を損傷・破壊してしまった場合は傷害致死、殺人の罪に問われることになるのかもしれませんが。

 

中絶反対強硬派は米国では主にキリスト教右派が中心になっているわけですが、この「受精卵も法的に人間として扱うべき」という主張は様々な方面で信じられないような議論を引き起こしています。例えば心拍確認された胎児を「子供」として扱い所得税控除を可能にするとか。高速道路の複数人車両専用レーン(渋滞緩和を目的として乗合いを奨励するため二人以上乗車している車両のみ通行可のレーン)も妊婦は二人と数える、とか。受精卵が法的に人間ならば当然胎児も法的に人間なので当たり前。妊娠中にお酒なんて飲んだら、あるいお寿司なんて食べたら傷害罪?児童虐待?「受精の瞬間から法的に人間」という主張は中絶完全禁止のために考え出されたものですが、IVF用受精卵に限らずあちこちで妙な話になっているということですね。

 

もちろんほとんどは保守色の強い南部の州のお話で、北東部、西海岸の州でこんな話を聞いたら目が点になる人も多いかもしれません。よく言われる米国の「分断」には激しいものがありますが、移民問題、人種差別、LGBTQに限らず州によって考え方が大幅に異なっていることは米国外の人にも認識してもらいたいなと思っています。

 

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