私が母にカミングアウトしたのは2019年の春、4年半前の一時帰国の時。妻にカミングアウトしてから2年経った頃、妻に次いで二人目でした。その時のことは一年ほど前、2022年12月に一連の投稿でお話ししましたが、前回も今回も私の一時帰国は実は母に会うのがメインです。

 

カミングアウトの時既に齢80を越えていた母ですが、よくわからないながらも全く臆することなく私を受け入れてくれたのは既にお話した通りです。でもその後一年もせずに世の中はコロナ禍に。視力がかなり落ちていたためPC・携帯等の端末を扱えず、精を出していたボランティアや友人との集まりの可能性を断たれ完全に孤立状態に陥ってしまった母の認知機能はこれを機に――それまで問題なかったはずなのに――下降し始めます。

 

海外の私とは電話で話すのみだったこと、そしてコロナ禍で海外渡航が大幅に制限され、一時帰国が極めて難しくなったことも災いし、私が母の認知機能低下の状況を把握するのはかなり後手にまわってしまいました。2年半前にはケアハウスに入居。私は去年辺りからやっと一時帰国ができるようになったわけですが、帰国の度に衰えていく母の様子を見るのは辛いものがあります。

 

まあこの年齢になれば仕方のないこと。ケアハウスに入居できただけでも幸運ということなのですが、もし父が健在だったなら、もし視力があそこまで悪くなかったら(つまりもしネットが使えれば)、もしコロナ禍がなかったら……どれかひとつでも状況が違っていたら認知機能はここまで低下しなかったはず、などとどうしようもないことも考えてしまいます。

 

現在ではゆっくり話せば簡単な会話はできるように見えているのですが、母の記憶には全く残りません。食べ終わって3分後にはもう何を食べたか覚えていない、今日何月何日か聞いても1分後覚えていない、後何分で家を出る予定か即座に忘れる、といった調子。何度も何度も同じ質問に丁寧に答えるのはかなり疲れます。母のせいじゃないのに。私達人間がいかに会話した直後の相手の記憶を当然のことと思っているか思い知らされる日本滞在でした。

 

米国に帰る飛行機の中で、ああ今度来るときは私のことを我が子と認識してもらえないかも、覚悟しなきゃ、とちょっと悲しい思いをしています。。アラ還というのは自分のことだけではなく、親、叔父叔母の世代が一気に衰えていくのを目の当たりにする時期でもあるんですね。わかっていたのかもしれませんが私は心の準備がなかなかできてなかったということです。

 

今回の一時帰国ではいつも通り焼き魚、もつ煮、しゃぶしゃぶ、丼もの、お好み焼きなど日本の食べ物を堪能しましたが、帰りの飛行機内でたこ焼きを食べるのを忘れてしまったことを思いだしてちょっと悔しい思いをしています。また来なきゃ。

 

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