1982年4月。都内の大学に進学し、一人暮らしが始まります。しかし理系ということもあって極端に女子の少ない環境。入学前どころか入試前にわかっていたはずですが、いやほんと少ないんですよ。ずっと公立の共学校だった私はまるで男子校のような雰囲気に居心地の悪さを感じていました。
彼女いない歴=年齢 だった私は女子のあまりの少なさに危機感を持ち、昨今(当然ながら)批判にさらされている学外女子が参加するサークルにはいります。サークルといえばスポーツや趣味を楽しむ同好会、というのが建前ですが、男子学生側の目的は当然ながら彼女をゲットすること。スポーツを楽しむという名目はともかく、主戦場はあくまで夜の飲み会です。
ところが都内の高校出身で洗練された話術を操る他の男子学生にとって、女性との普通の会話もおぼつかない私は恰好の引き立て役になってしまいます。私の出身高校は田舎の学校と見られていたわけではないのですが、私自身はぼくとつな田舎者。ちょっと話がはずんでいても「おめーがんばってんじゃん」と揶揄されたり「お前じゃその子無理」などと横からダメ出しされたり。(←これちょっとひどくありません?) 結局寡黙にお酒をぐびぐびしてるのが常でした。お酒にやたら強かったのがまだしもの救いですね。でなかったらとんでもない醜態を女性陣の前で晒し続けていたこと間違いなしです。
いずれにしても今から考えるとシス・ヘテロ大前提、性的少数者完全無視の世界です。私はトランスであることを全く自覚していませんでしたが(トランスジェンダーなんて概念すらありませんでした)、LGBを自覚していた同時代の学生たちはどう感じていたんでしょう。無理して同じような大学生活を送っていたのか、それともそういうサークルがあったのでしょうか。
大学に限らず中高時代もそうですが、LGBを自覚していたクラスメートもいたんだろうな。私自身は傷つけるようなことは言っていないと思いますが、他者のそういった言動に対して(私自身がLGBと思われたくないがために)毅然とした反論をしなかったことをひそかに恥じ、悔いています。