性自認の概念を(性的指向と独立した概念として)しっかり理解したのは十年ほど前だと思いますが、性別違和の感情はそれよりずーっと前からありました。それではいつから?

 

実はほとんど最初の記憶、3歳か4歳のころから「女の子と同じ格好がしたい」、という願望にかられることがよくありました。友達の女の子、あるいは絵本の女性キャラの挿絵などをみてはなぜ男の子はこうできないの?という強い思いに苛まされていました。同時にこの思いは誰にも知られてはならない、とても恥ずかしいことであることも幼心に認識していたようです。テレビ、絵本、家族との会話、あるいは友達との会話のなんらかから男女の外見はこうあるべきだという社会の規範を感じ取っていたのだろうと思います。

 

小学校にはいっても「女の子になりたい願望」は弱まることはありませんでしたが、この思いを誰にも知られてはならないこともより強く深く理解していったように思います。この頃(小学校低学年)、特に男の子の遊びばかり、あるいは女の子の遊びばかりしていたわけではありません。女の子と遊ぶときはおままごとやリカちゃん人形、男の子と遊ぶときは仮面ライダーごっこやちゃんばらなど、両方普通にどちらも楽しんでやっていました。

 

さて、この「女の子になりたい願望」は性別違和だったのでしょうか。実はこれについては50代になって自分がトランスジェンダーである可能性を疑いだしたときにいろいろ考えましたので、その時期について書くときに改めて触れてみたいと思います。それまで当面は性別違和という言葉を使います。

 

話を戻しますが、小学校高学年になると女子は第二次性徴がはじまり、一気に女性っぽくなっていきます。この頃から私はクラスの女の子に淡い思いをいだくようになりました。まあこれは普通ですね。

 

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