ずいぶん前に、韓流ブームとか何かで、
いい年のオバチャンたちが、
ドラマの男優とかにキャーキャー騒いでいた現象があったけど、
まあ、気持ちはわかるとしても、
そのジャンルのファンではない人からすると、なんだかなあ、
という感じで、おおかたは、冷ややかに扱われていた気がする。
でも、今思えば、そのオバチャンたちの空騒ぎも、
実はあれはあれで、健全なものじゃないかなあ、とか思ったりする。
騒いでたオバチャンたちは、いろいろ経験して来ているいい大人なので、
真面目に、ドラマの男優とかに本気でお近づきになりたい、とか
男優に似た若い男性をどっかでつかまえたいとか、
本気で思ってた人はまずほとんどいない訳で、
オバチャンたちは、そんな男優たちが雲の上に過ぎないのを、
分かり切っているからこそ、キャーキャー言えるのであって、
幻想と現実の区別がつかず本気で思いつめて、
黙り込んでるファンよりもよほど安全だったのでは、とか思ったりする。

逆に、そんな、健全なオバチャンたちから見れば、
いい年代になっても、わざわざ山奥の渓流や湖に出かけては、
「魚」たちを執拗に追っかけまわして、
それを釣り上げるということをしている、
自分たちのような釣り師のほうが、
よっぽど不健全で、ストーカーにみえてしまうかも(笑)
しかし、まあ、普通の奥さんたちからすれば、
旦那さんが女性をおっかけるより、
ただひたすらに、魚だけを追っかけてくれていた方が、
まだ全然、安心なのじゃないだろうか?(笑)
そのために釣られてしまう魚たちは、いい迷惑だろうけど。
釣りは残酷な遊びだけれど、それによって、間接的に、
人間関係が残酷になるのを、回避できているのかも(笑)

60にもなると、当然ながら、
恋愛とか、異性へのあこがれ、なんてことから、自然と疎遠になるので、
気持ち的に寂しいかというと、そんな風でもなくて、
そんな気持ちや煩悩が全く消えてしまう訳じゃないけど、
自分は仕事がら、今も職場で20代くらいの女性に接する機会も多いが、
今の70や80のヒネクレジジババたちに比べれば、
今の若い人の方が全然、素直でまともだなあ、と思うことが多いし、
そういう異性に対して余計なことを意識することは少なくなるので、
若いころよりは気楽に接することが出来るかな、と言ったところか。
20代ごろの若い頃の、異性にモテたくとも決してモテない時期なんて、
特にクリスマス、とかバレンタインとかのイベントの頃は、
勝ち組のリア充たちの話を耳にしたりすると、
なんとなくヒクツになって、そんな時期は
モテない男友達同士で、しかたなく集まって飲み歩くなんていう、
そんな涙ぐましい事に、今はならなくても済むわけで(笑)

最近、体調不良で、またこの酷暑で、釣りにもいけず、
休日はボケーと過ごすことになるが、
TVのバラエティーもドキュメンタリーもニュースも
ヤラセかウソか捏造ばかりで、スポーツ番組でさえも、
WBCで大谷選手の発言が、編集切り取りされてたりして、ウンザリなので、
ボケ~と、Youtubeか、
新旧の「深夜アニメ」をアトランダムにながめるか、
釣り竿かリールをいじって「健全」にヒマをつぶすことが多い(笑)

エピソードがたくさんある「イニシャルD」のアニメは
ほとんど観てしまったので、
なんか面白いのないかなあ、と探すうちに、
なぜか「恋愛アニメ」に手を出すことになった(笑)
でもいくらアトランダムといっても、
こんな歳にもなって、恋愛アニメというジャンルをみるのはどうなの?
とは思うけど、これが意外と面白いものが多かった(笑)
むしろヒマつぶしのエンタメとしては、逆に良いのかも。
韓流ブームのオバチャンたちじゃないけど、
今の自分の現実では全くありえないから、逆に客観的に楽しく観れる。
これを若い頃に観ていたら、アニメの中のドラマと、自分の貧しい現実を、
しょうもなく照らし合わせしてみたり、意味もなく嫉妬したり、
話のプロットにケチつけたくなったりするかもだが、
そういう気持ちがまず湧いてこないので普通に面白い。
まるで「スポ根アニメ」を観る感じで、恋愛アニメも観れる感じ(笑)
恋愛ごと、なんつうのは、ただの心のスポーツだったのですよ、たぶん(笑)

 

自分が、30代か40代の頃に、指揮者の岩城宏之さんのエッセイを読んだときに

『年とってから読む富島健夫の恋愛小説が面白くてしかたない。』

とか書いてあった気がするが、

この歳になって、やっとその気持ちが分かった感じ(笑)

新旧、いろいろな恋愛アニメを、
ダラダラと、デタラメに観てみたけど、
60の年寄りになっても面白くて、
記憶に残ったのは、何気にいろいろあった。(笑)

最初に思いつくのが、「White album 2」


これはビートルズのアルバムとは、全くの無関係で、
ビートルズのコアなファンからは、
こんなアニメごときで、white albumを名乗んなよ!
というツッコミを受けそうだが、
そのテーマソングが何気に良くて、山下達郎じゃないけど、
冬の雪の日にでも聴きたいような曲。

 

 

アニメは、バンドを組むことになった男一人、女二人の、高校生の、

深い友情と愛情のきもちが複雑にからみあう意味での、ドロドロの三角関係だが、
そのドロドロな状態は、実はまだイントロに過ぎなくて、
アニメの元であるゲーム版は、
そこからさらにとりとめのないドロ沼になるのだそうだw

 

 


あと思いつくのは「僕らはみんな河合荘」


これもテーマソングが素敵な曲で、アニメにもあっている感じ。

 

 

これはアニメに登場しがちな「文学少女」がヒロインで
話の舞台が、いまはもうほぼ絶滅している「賄付き下宿」という、
自分としては個人的になつかしい場所になっていて、
自分の大学に入りたての一時期、実は「賄付き下宿」にいたことがあり、
その雰囲気がなんとも遠く懐かしい。
内容は white albumのドロドロとは真逆で、
現実のほうは、大概こんなもんじゃないかなあ、というような
同じ屋根の下に暮らしているのに、なかなか仲良くなれずという、
歯がゆい展開が逆によかったり。


それと後は、「ドメスティックな彼女」


父の再婚相手となる、継母の、2人の娘と三角関係という、
「White album 2」以上のプロットだけど
登場人物がみんな素直でひねくれていない部分もあって、
あんまり重い感がしなくておもろい。
むしろ、テーマソングの美波の歌が、いちばんドロドロしてる感じ(笑)

 

 



あとは。「恋は雨上がりのように」


若い女性にありがちな、歳の離れた異性にたいするあこがれって
いうのが話のすじだが、aimerの歌がなんとも沁みるアニメ。

 

 

でもまあ、年上異性に思いを寄せてしまう若い女性、
なんてのは、現実にはいくらでもいるんだろうけど、
夢がかなわず、いつも生活と人生に疲れている時に、
そんな魅力的な女性に言い寄られても、踏ん張って我慢できるような、
そんな紳士な中年男性は、まず、おらんやろ、なんて思っちゃうが(笑)
ついそう感じてしまう自分は、まだ煩悩にとらわれ続けていて、
まだ「解脱」できていないという事か?(笑)


あとは定番の「百合」の、「やがて君になる」というのもあるが


コレ観ると、今の「LGBT」の関連法なんて、
キリスト教とかの人種意識の、一方的な押し付けに過ぎなくて、
日本では、まったくの無用の長物である感じがする。

いろいろなアニメを振り返ると
高校生のドロ沼三角関係とか、
義姉妹への思いとか、歳の差の禁断カップルとかは、
最近の、みかけだけの平等とか正義とかを訴えるのが大好きな、
間違ったポリコレ風リベラルや、共産主義だいすきの人から見れば、
許しがたい全部アウトの話かもしれないが、
そもそも、人に思い思われのスッタモンダで、
アウトじゃないものなんてあるのか?という気もする。


作家の姫野カオルコさんが、
「不倫なんて、ゴハンの上にかけるのり玉みたいなもの。」
と言ってた気がするが、
それは、ゴハンの本当の味だけを堪能できず、フリカケかけて満足する、
という意味なのか、または、
人は、普通にまともなものだけに満足できず、そこに余計なものを、
どうしても足してみないと気が済まない、
ということも意味してたのか、どっちなのか良く分からないが、
自分も含めて大概の人は、無農薬の「白メシに梅干しだけ」よりは、
オカカや昆布の千切りが程よくのっている「ノリ弁当」の方に、
より満足するような、そんなものじゃないのか?(笑)

たとえが意味不明になってるけど(笑)
人なんで最初から最後まで、

なにかに恋するあこがれとか煩悩にとらわれ続けて、
死ぬまでけして進歩なんてするものじゃない、ということで、
それを顧みて戒める意味で
年寄りが「恋愛アニメ」を観てみるのも、
何気にアリかも、と思ったりしました(笑)