食べる=幸せ
という定義が成り立つとき
どうしても
引っかかってしまうものがある
何が過去にあったか
言えずなままだけど
メンタルから
拒食症を発症
気付いたら
とんでもないことになってたわけだけど
何気ない一言
『あれ?!どうしちゃったの?
随分、痩せたね
そうだよね、、、
あんなことがあった後だもんね
当然だよ』
決して悪い意味じゃないのは
わかってるし
わたしの立場に立って
言葉を掛けてくれただけ
だけど
頭の中に残ったのは
食べない=痩せる
痩せるということは
ダメージに対しての証として
当り前だっていう
歪んだ認識
わたしは
幸せになんかなれない
幸せになっちゃいけない
それは
痩せていることで
いつまでも
保ち続けれることだっていう
もっとも最悪な考え
すでに拒食症だっただろうに
更に拍車が掛ってしまった
食べる幸せを感じては
こんなに
幸せでいいんだろうかって
歪んだままの発想が
頭をよぎる
だから
食べることも怖くて仕方ない
誰かに
いんだよ
食べて
いいんだよ
昔に戻って
いいんだよ
みんなと
また、楽しく過ごそうって
言って貰えたら
楽になれるかも知れない
なんて思ったり
食べなさい
じゃない
食べて欲しい
じゃない
好きなもの
食べてね
じゃない
もっと食べた方がいい
じゃない
食べなきゃだめ
じゃない
食べていいんだよ
大丈夫だから
って言葉なんだよね
何がどう違うの?
めんどくさいなーって
言われても
違うもんは違う
仕方ない
過去は変えられない
言えば
過去と人は変えられない
変えることが出来るのは
じぶん
じぶんが
変われば周りも人も変わる
そして
じぶんの未来も
そろそろ
そっちの仲間に戻りたい
誰にも
イイって言って貰ってないけど
じぶんが間違ってたって
気付いたときに
すべてが
許された気がした
そしたら
今までの分も
じぶんの体を
大事にしたいと思えた
まだまだ
色々あると思うし
過去は
消えないけどね
それでも
少しずつね
元のじぶんに戻っていこう
これから先
食べることが
大好きだったじぶんに帰っていこう
そしたら
過去を
いつか
受け入れれるときが
来るかもしれない