以前、こちらでも紹介しましたが、NHKで特集されたアルゴンキン・パークのムースの番組を、「見たよ!」とカナダでお世話になった現地の両親とも言うべき人たちにメールしました。
 手紙には「カナダの自然の美しさは、いまだに魅力的です。テレビでは触れられませんでしたが、私はルーン(水鳥)の鳴き声も聞き逃しませんでした。とても懐かしいです。」と書いていたところ、今日、旅行から帰った報告もかねて返事がかえってきました。 
 そしたら手紙の最後には、「今度カナダに遊びに来たときは、君をアルゴンキン・パークに連れていって、本物のムースを見せてあげるよ!」ですって!嬉しくって、泣けてきちゃいます。

 みんなが幸せになりますように。
 今日は夜回り先生こと、水谷修先生の講演会に行ってきました。いつもテレビなどでは拝見していて、叶うならいつかご本人の講演を聞きにいきたいと思っていました。
 先生は福岡県内でも夜回りをされていて、博多駅周辺・久留米・中洲・北九州などの地理や夜の青少年の状況をよく把握されており、驚きました。近くに住んでいる私たちが知らないのに、横浜の先生の方がお詳しく、恥ずかしささえ感じました。現場主義の先生だからこその説得力あるお話でした。ドラッグやリストカットの問題をはじめ、心を病んでいる子供たちの何と多いことでしょう。大人の世界の縮図である子供の世界に、現代日本の抱える問題のしわよせが行っているのでしょう。水谷先生はその根本的な問題は日本人の攻撃性にあるという内容のお話をされていました。父親から攻撃された母親が子供を攻撃し、子供は居場所や生きている意味を見失ってしまうということです。

 日本は世界第2位の(1位は北朝鮮)性風俗産業大国であり、またいじめを始めとした差別大国として、近年国際連合から名指しで非難されています。ちゃんと新聞にも載っているのに、それを知らない国民が多すぎると思います。
 さらに本人達は無意識なのですが、人や自分のことをさげすんでギャグにして笑いを取ることでコミュニケーションの手段にしている人が多く、逆に自分と違うことをする人を受け入れきれません。そしてテレビのお笑いがそれに拍車をかけています。みんなが無意識にそれを当然と思っている問題なのです。西洋が一番と安易に言うつもりはありませんが、逆に西洋では自己に尊厳を持っている人が尊敬されます。
 日本の近代化に付随してついてきた、そんな心の貧しさや思いやりのなさは、よく日本ではアメリカナイズと混同され軽視され、そんなの時代遅れだと思われがちですが、西洋は決してそういうものではないことのひとつの例であり、その思いこみを正さない国家の思惑もあるということです。これは某隣国の愛国心ゆえの日本攻撃とあまりレベルの変わらない話しです。そのように国民を煽った方が、国の経済が活発化するのです。
 開国当時のアメリカ人に「生活は貧しくても心豊かで愛すべき人種」と形容された日本人の大らかさ、優しさ、思いやりの深さはどこに行ってしまったのでしょうか。

 悲しいことに日本は他の国から見るとカミカゼや侵略戦争のイメージが大変強く、私もそれを外国人に指摘されて戸惑った経験が何度もあります。私たちはそれを教科書で習っていませんから、外国で侵略の写真など見せられてしまうと、それはもう、大変なショックです。しかしながら、留学生活で他人を褒める文化に慣れて帰国すると、日本人のそれにつながる攻撃性はとても目についてしまいます。私も職場などで「日本人って怖い」という想いをすることがよくあります。人を攻撃して悪口を言い合うことで、仲間意識を強くして、すっきりするなんて、日本女性の品位は、そんなにも下がってしまったのでしょうか。それとも、自分達で無意識のまま下げているのではないでしょうか。それを隣で聞いている子ども達は、学校で何か気に入らないことがあるなど自分たちの欲求不満を、そんなお母さん達の真似をして、かけがえのない友達の攻撃に転換し始めないでしょうか。子供の世界では、仲の良かったはずの友達が、実は一番怖いということにもつながりかねない現象です。これでは人を信じるどころの話ではありません。

 水谷先生は、最後に言葉による感謝と思いやりの表現の大切さ、そしてそれが人を通じて伝わることの大切さを語っておられました。これからの将来をになう子ども達をどう守るのか、心の問題も危険から身を守るための大きな課題であり、日本をすみやすい、本当の意味での先進国の仲間入りが果たせるような社会のたねまきをして行きたいものです。子供を安心して育てられるように。

 ※文章中、筆者の未熟さから問題発言など不愉快な箇所がありましたら、ここにおわび申し上げます。
 よくイギリスに立ち寄った際、ヒースロー空港から待合い時間を利用して通うカフェがあります。それはチューブ(地下鉄)のノッティング・ヒルから通りに向かって入り口付近の左側にあります。(残念ながら、名前は今わかりませんが。。。)
 2階建てで、女の子なら誰でも好きそうな、ビロードの椅子がおいてある、素敵なカフェです。ヨーロッパにしてはめずらしく、接客態度もいきとどいており、料理もはじめに言っておけば、手早く出してくれます。
 確か、大きな時計がトレードマークだったような・・・
もし、名前がお分かりの方がいらしたら、教えてください。
 今日は太宰府天満宮の神職さんによる「木うそ」作りの講座に参加しました。
新春の「うそかえ」で有名な木うそですが、天満宮ならほとんど全国的に手に入るようです。各神社でさまざま個性があり、羽の巻き具合も異なるのだとか。
 
 太宰府天満宮では1月7日の鬼すべの日に、鬼たいまつが町をねりあるく一方で、お宮の境内で「かえましょ。かえましょ。」のかけ声とともに「うそかえ」神事ががとりおこなわれます。これは1年の「うそ」を清め、新しい年を迎える意味もあるのだそうです。

 むかしは町の人たちが自分で手作りをした「木うそ」を手に、このお祭りに参加していました。でも今はそんな人はもうほとんどいないということです。悪そう坊主は木うその代わりに大根のしっぽを混ぜていたずらをしたという、ほほえましい話も残っています。
 この夏以来、個人としては初めてのペットを飼っています。有機野菜の販売ショップで売られているのを見かけ、あまりの美しさに一目ぼれしてしまいました。
 水草の緑と対照的な、小さな赤い魚。緋めだかです。

 最初はどう育てれば良いのかわからず、インターネットで調べたり、ペットショショップで店員さんに尋ねたりしていました。あんまり小さいので、金魚のえさで大丈夫かしらと思い、探してめだか用に買いかえ、爪の先分くらいづつやっています。

 緋めだかは警戒心が強いらしいのですが、自然と覚えてくれたようで、朝、眼が合うと、まっすぐ眼を見てやってきては朝ご飯をねだります。
かわいいものです。
 岡本太郎は太陽の塔などに代表される前衛芸術家として有名でしたが、パリ留学次第にロバート・キャパらに手ほどきを受け、数々の記録写真も残しています。意外に思うかも知れませんが、彼はパリでの大学時代に民俗学も専攻しており、その視点から日本の原風景をとらえ紹介した書籍もあります。中には土門拳を思わせる人物写真や、縄文土器を太郎独自の目線で集めたものなどがあり、その絵画にまさるとも劣らない見事な作品は観る者を圧倒します。

 今年は養女の敏子さんも太郎のもとに旅立たれました。今頃二人で仲良く、カメラを片手にどこかを旅していらっしゃるのでしょうか。心よりご冥福をお祈りいたします。
 昨日に引きつづき、サボテンに関しての雑談。その名もチクリンと言います。
これはヤマカルを探していた時に、偶然見つけたものですが、「人間に一番近い植物」というタイトルに引かれ、思わず購入してしまいました。

 「チクリンとは、サボテンをバージョンアップ(進化)させた強くて、美しくかしこう植物のこと」だそうです。また、「水やりは、よく乾いたら声をかけながらたっぶりと」やらなければなりません。

 なんだが人間みたいで、面白いですね。
 このサボテン、先日近くのスーパーで見かけ、気になりながらも購入せずにいたところ、次に行った時には既に完売していました。
それから、いろんな所で気をつけていたのですが、なかなか出会えないまま時が過ぎ、ついに!子供用品店の店先で見つけGetしました。
 
 その名は、ヤマカル???

 なんとNASAの調査で、植物の中で一番電磁波を吸収するということが証明されているそうです。やわらかいトゲはささらないし、なんだか手触りがムニャムニャして、ムーミンみたいで、かわいいです。
 
 さっそく家のパソコンのおとなりで、活躍してもらっています。
 木彫を自宅で始めるにあたり、良い作業台はないかと只今考え中です。あまり重さがあると移動が不自由なので、簡単に作業できるものをまずは探していますが、どれも重さが8キロ以上はあるようで、まだ購入には至っていません。
 油絵を描いていた時は、一応台をイーゼルがわりに使っていました。でもあまりに大きすぎて、窓側を全部ふさぎ、また描き終わった絵を保管する場所もだんだん狭くなってきて、とうとう母から「お願いだから、もう大きい絵は描かないで。。。」と懇願されてしまいました。(笑)
 絵は大きいし、使用済み油は環境に悪そうだし。。。というわけでアクリルに切り替え、畳に平置きして描いていますが、部屋の広さのかなりぎりぎりです。しかも、運ぶのも大変なので、大きさは車の広さに合わせて60号、と創作活動するにもハード面が大~変です。でも、好きな気持ちだけはあるんですよね。。。 
 どちらにしても、まずは片づけて場所を確保するのが先かな。(笑)
 2年前から勤務中の事故が原因で、実はあまり重いものが持てません。どうにか私に持てる重量は、2キロくらいまでのようです。
 ところで先日友人の家に遊びに行った時、子供があんまりかわいいので、おそるおそる、「ねえ、この子で体重ってどれくらいなの?」と聞いてみました。
 すると、彼女の返事は「そうね、10キロくらいかな。」

!!

 不覚にも、独身の私はかわいい笑顔の子供たちが、そんなに重いなんて知らなかったのです。だって、お米だったら1キロでも重い感じがするし。生まれる時に3.5キロくらいなのは知っていましたが、私が「今のままだと、子供が生まれても抱いてやれない」とブツブツ言っていた時に予想していたよりも、はるかに重く、ひたすら「甘かった!」と反省しきり。

 健康なときには思いもかけなかった事が、こうなると、なんてかけがえのないものだったのかと、つくづく思い知らされます。
 春になったら、健康第一で、まずは身体作りを始めようと思います。