福岡市動植物園に行ってきました。
毎年2月26日は9年前にさよならした子どもの命日で、毎年その子のために過ごす日にしています。
私と旦那の弱さや身勝手さのために
産むことが出来ずに、中絶してしまいました。
当時、私はバイトしかしたことのない経済力がない学生で、両親とは一番不仲な時期だったために相談すら出来ず打ち明けることすらしませんでした。
旦那は社会人二年目で、買って10日で盗難にあった車のローン250万を背負ったばかりな上に「父親になる自信が全く持てない」と言い産む決意ができませんでした。
知っていたのは一部の私の友人と旦那の母親(姑)でした。
私自身は旦那と結婚して産みたいと思ったし、旦那には手術する間際まで産みたいと伝えましたが、一人で産み育てるのが不安でならず決意も手術から逃げることもできませんでした。
姑は私の希望は聞くことなくおろしなさいと言い、舅には秘密にしていました。
私達の弱さと身勝手さが招いたことで、ずっと背負っていくことなんですが、酷く病んだ時期もありました。供養も姑に酷く反対され、数年前まで出来ずにいました。
なので、毎年2月26日には唯一のエコー写真と一緒に、その子を連れて行ってあげたかった場所に行くようになりました。
そうやって自分たちがしたことを絶対に忘れないように振り返る日としても過ごしています。
家には毎年一個ずつ、その子に買ってあげたヌイグルミなどが増えています。
今、娘が当たり前のように私のそばにいて、成長を見て過ごしていますが…さよならした我が子も私さえ強さを持てていたら娘と同じようにそばにいたはず。
もちろん私も産むことが出来ずに抱けなかったことなどが悲しくて悔んでも悔やみきれないけれど、あの子は私とは比べものにならないくらい寂しく悲しいだろうと、この日は一層強く感じます。
だけど、私が泣き続けたり病んでばかりいたら、それこそあの子もずっと悲しいままなんだろうなと思って、泣くことをやめました。この日は一番泣きたくなるけど、だからこそ前向きにクヨクヨせずに笑顔で過ごすようにしています。
今年は去年よりも笑顔で過ごせた気がします。一年経つごとに母として人として強くなっていこうと思います。
これは私の人生の課題。
頑張ります!
Android携帯からの投稿
毎年2月26日は9年前にさよならした子どもの命日で、毎年その子のために過ごす日にしています。
私と旦那の弱さや身勝手さのために
産むことが出来ずに、中絶してしまいました。
当時、私はバイトしかしたことのない経済力がない学生で、両親とは一番不仲な時期だったために相談すら出来ず打ち明けることすらしませんでした。
旦那は社会人二年目で、買って10日で盗難にあった車のローン250万を背負ったばかりな上に「父親になる自信が全く持てない」と言い産む決意ができませんでした。
知っていたのは一部の私の友人と旦那の母親(姑)でした。
私自身は旦那と結婚して産みたいと思ったし、旦那には手術する間際まで産みたいと伝えましたが、一人で産み育てるのが不安でならず決意も手術から逃げることもできませんでした。
姑は私の希望は聞くことなくおろしなさいと言い、舅には秘密にしていました。
私達の弱さと身勝手さが招いたことで、ずっと背負っていくことなんですが、酷く病んだ時期もありました。供養も姑に酷く反対され、数年前まで出来ずにいました。
なので、毎年2月26日には唯一のエコー写真と一緒に、その子を連れて行ってあげたかった場所に行くようになりました。
そうやって自分たちがしたことを絶対に忘れないように振り返る日としても過ごしています。
家には毎年一個ずつ、その子に買ってあげたヌイグルミなどが増えています。
今、娘が当たり前のように私のそばにいて、成長を見て過ごしていますが…さよならした我が子も私さえ強さを持てていたら娘と同じようにそばにいたはず。
もちろん私も産むことが出来ずに抱けなかったことなどが悲しくて悔んでも悔やみきれないけれど、あの子は私とは比べものにならないくらい寂しく悲しいだろうと、この日は一層強く感じます。
だけど、私が泣き続けたり病んでばかりいたら、それこそあの子もずっと悲しいままなんだろうなと思って、泣くことをやめました。この日は一番泣きたくなるけど、だからこそ前向きにクヨクヨせずに笑顔で過ごすようにしています。
今年は去年よりも笑顔で過ごせた気がします。一年経つごとに母として人として強くなっていこうと思います。
これは私の人生の課題。
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