なぜ私は否定されるのが怖いのか?

自分自身を拒絶されたように感じるから

相手からの拒絶=私は生きていられない、という絶望、空虚感

相手の評価に依存している証拠

私は相手に依存しているから、否定されるのが怖い。



幼少期、何を言っても父母には伝わらなかった。

私の言葉が届かなかった。


父は私の話を聞いても顔色一つ変えずに見当違いな返答をした。もしくは黙っていた。


母は私が話そうとすると「私のほうが大変だったのよ。」と被せてきた。


最後まで黙って話を聞いてくれることはなかったし、思いを汲み取ってくれる事も無かった。


私はそれが悲しくて悔しかった。


喉から手が出るほど、傾聴を求めていた。

共感して欲しかった。


その気持ちは父母に伝わる事は無かった。


もどかしさ、絶望、悲しみ、無力感は、怒りに変わった。


父や母を愛していた。大好きだった。

だから私を見て欲しかった。気持ちを共有したかった。


でも父母は私を見なかった。

私のスペックだけで関わりを保っていた。


スペックなんて関係なく、私を見て欲しかった。


私は自分の父母に対する真っ直ぐな愛情を憎んだ。

愛さなければ、傷付かない。


見返りを求めていた。だから苦しかった。


ただ愛するという事が、子供の私には出来なかった。


父と母なりのデコボコな愛情を受け取らなかった。


「私の望んだ通りに愛してくれないなら、愛してあげないから!」


愛情を出し惜しみするようになった。


愛情に値札をつけて、トレードするようになった。


私は、無償の愛を捨てた。

価値のないものだと、不要だと判断した。

傷付くだけの愛情なんて、私には必要ない。


そうやって、父と母を否定して生きてきた。


確かに父母は、私を愛していた。


それに、私は気付いていた…?


なのに、拗らせていた私は、否定した。

否定しながら、求めていた。


理想が高いから、受け取れなかった。


だから今も、受け取れない…


否定されるのが怖い=自分の理想通りの反応が返ってこない事に対する不満と怒り