>感情が乖離しているうえに結果を丸投げ状態で、求めるものは大きいくせに他力本願なのね。
⇩
ここ数日のブログはかよさんの仰る通り、ただの日記でした。
「私は大丈夫!」と言い聞かせる為。
「セッションでこんなに変わった!」
と、セッションでの気づきを手放したくなくて、握り締めていた。
かよさんに認めてもらいたい、という承認欲求も、おそらくあったのだと思います。
セッションで学習した事を実践していただけ。
苦しい、辛い、なんだか満たされない…
という空虚感を押し込めて蓋をして見ないようにしていた。
当時は気付いていなかったけど。
>状況と主観の乖離が極端に大きい状態であり、頭と心が真っ二つに割れている状態です。
⇩
頭で考えて言い聞かせて、心を閉ざしていたのかもしれません。
そんな自分に気付かない。
気づきたくない。
観たくない。
>幸せな状態だから、幸せなはずなんだと、また自分に言い聞かせて生きる人生に戻ろうとしているのです。
⇩
今の私ですね。
なのに、ブログを読んでも気付いていなかった。
「自分のことだ」と思わなかった。
>「貝殻に感動できるようになれば幸せになれるはずだ」
「貝殻に感動しなければならない」とアタマで感じているのです。
⇩
これも私。
散歩に行って、自然の美しさに感動しなければいけない、と義務としてアタマで判断している。
アタマで感じているから、心が開いていないのか…
>蔑ろにされるのは、他人軸だからです。
評価が外側だから、他人の行動で(レスポンスの速さとか)自分の評価を作ってる。
相手を道具としか見ていない。
だから相手の態度にいちいち傷つくの。
⇩
そんな考え方をしたことがありませんでした。
物心ついた時から、ずっと当たり前にやってきた事だから。
相手の行動=自分の価値
未だにそう捉えている。
続きます