どうしたって行動が遅い子はいますから、自覚させることが本当に大事。

周囲の普通にできる子と我が子のスペックが同じだと考える前提が間違えている。

カメの子をウサギの子として見ている親が問題なのね。

これ、私です。

息子は保育園の担任や小学校の担任から、

「集団行動が出来ない」

「周りに合わせられない」

と言われ続けてきました。


発達のクリニックにも行きました。


なのに、私は気付いていなかった。

息子には発達障害の傾向があるという事。


親である私にも、その傾向があるという事。


それを受け入れず、認めず、息子に「普通の子」

として振る舞うよう強制してきました。

自分のことも息子のことも俯瞰して見ていなかった。

「普通の子」になることが、息子の為だと思い込んでいた

息子は出来ない=母親として無価値という思い込み

本当にそうか?

出来ない=悪い事。という思い込みがある

出来ない=悪いことなのか?

出来なくても、責めるほうがおかしい。

出来なくても、生きていて良い。

出来なくても、その人の価値は変わらない。

息子も私も、出来ない事は出来ないと認めて良い。誰にも責められない。




それを自覚しないと子どもも自覚できないから、自分にスペックがないのにそれをこなすために必死になり、そのために人生詰みます。

私自身、自分のスペックを自覚できず、人生詰んでました。

そして親になり、息子に同じことをしている。

出来ない事を認められない。

スペックがない=私には価値が無い

と思い込んでいる。

だから苦しい。

スペックがないと認めるだけ。

スペック=価値ではない。

出来ない事があっても良い。

言葉で伝えても伝わらないので、

私自身が子どもたちに、「ママ、これも出来ないんだよね〜」「アホやんなぁ」と開示する事で、「出来なくても良いんだよ」という態度を取る

子どもたちに伝わる



子どものために言っていると思っている事が、実は自己満足になっている。

これも、私です。

子ども達への行動も言葉も全て、自分の空虚感を埋めるために、子どもたちを利用している。


言って満足しているから、子どもたちに伝わっていない事にすら気付かない。

無関心。