ちゃんとした母親として世間体を守ろうとしている私がいる。


体裁ばかり気にしている。


他人の評価=私の価値。


そんな私の価値観を息子は受け継いでいる事、理解しました。



親の役割は子どもの苦しみを消すことでは無い

!!

そうなのですね。私は、息子を自分のように感じていた。息子の人生を生きようとしていた。

だから、苦しみを先回りして取り除こうとしてきました。

それこそ母子分離出来ていませんね。



親の役割=感情を否定せずにそのまま感じられる土台になる事

…そんな認識がありませんでした。

失敗や辛さを先回りして取り除き、苦痛の少ない人生に仕立て上げようとしていました。



親が担任の先生に電話するのは、普通の子どもなら恥ずかしい

恥ずかしいのですね…!

小学生の私だったら、嬉しいと喜んでいたと思います…


「自分の体裁ばかりの母が、外界の人間とコンタクトを取って、私をフォローしてくれようとしてくれた!」

「私の為に、家族以外の人(=担任)と連携を取ってくれた!」

と、感動していたと思います…


その認識自体がおかしいのでしょうね。

それすら分からない。



私は子どもをどのように見ているのか?

見下している。無力で弱い、私が何とかしていかないといけない、と思っている。

信用していない。

私が私を信用していないから、子ども達も信用出来ない。

子ども達が失敗したり挫折するのが耐えられない。自分のことのように感じてしまう。

放置できない。



育児への価値感

子どもと親を切り離せていない。

夫も私も、自分たちの作品として、失敗させないように、馬鹿にされないように、子ども達を自分たちにとって恥ずかしくないように、仕立て上げようとしている。

だから干渉したがる。

だから子ども達は苦しい。恥への恐怖を感じ続ける。