今日は息子の授業参観でした。

どのクラスも生活。

テーマは「これまでの自分とこれからの自分」。


自分の名前の由来と、これからの目標を一人ずつ発表していく。


これがまた、みんな同じような内容…

「お母さん、美味しい料理を作ってくれてありがとう」

「休みの日に遊んでくれてありがとう」

「これからは家事を手伝います」


…これ、子どもの本音なのかな。


昔の私だったら、

「みんなスラスラ言えてるな〜」

「すごいなぁ、しっかりしてるなぁ」

と感動していたかもしれないけど。


なんだか

「作り込まれた内容」

「教師の意図した通りの授業」

で、違和感モリモリだった。


夫も「みんな同じ事を話していて、つまんなかった」と。

だよねぇ…


そして息子の発表。


息子の名前には「慧」の字がついてる。

「僕の名前はお父さんがつけてくれました。賢いという意味です。

これから勉強を頑張って、賢くなりたいです」


…息子の本音じゃない、めちゃくちゃ親の願望を背負わせてしまってる。


私は忸怩たる思いになった。


これも昔の私だったら、「スラスラ言えてるな、偉い!」

と思って褒めていたかも…


こんな風に子供の頃から親や教師が望む事を先回りして察して、言動を選ぶような教育を施すのは、自分の本音を誤魔化す事に繋がるのではないかな…


息子が帰ってきたら、

「賢いから幸せになれる訳じゃない。ママは息子くんに幸せになって欲しい。

慧の字はほうき星。キラキラ輝いて突き進むお星さまだよ。

息子くんには、生きる事が楽しいと感じられるようになって欲しいな。

息子くんは、どう思う?」


と話したいな。


それが体現できていない私が言っても、うまく伝わらないと思うけど…


「ママも息子くんも誰かの期待に応えるために生きてる訳じゃないんだよ。

自分の好きに生きて良いんだよ。」


と、話してみよう。