日本社会では、過去の実績で評価されることが多い。
一方、米国では未来の可能性に賭けようとする傾向が強い気がする。
プロ野球のFAでの移籍を見ていると、
日本では、過去の実績を引っさげてFA移籍をしたスター選手でも、
移籍後に期待通りの働きをする選手は少なく感じる。
一方アメリカのMLBでは、実績あるベテランよりも、若い可能性のある選手に投資する球団が多い。
ある意味、実績で判断するのは無難な選択で、
実績は無いが可能性の賭けることはリスキーなのかもしれない。
日本と米国の国民性の違いと言えばそれまでだが、
実際は米国の方が上手くいっているように思える。
いくら過去の実績があっても、それがそのまま未来の可能性には繋がらないし、
逆に実績は無くても、大化けする可能性が感じれれば、投資対象にするのは有益だろう。
もし、過去の実績で全てが判断できるのなら、年寄りはみんな戦力になるはずだし、
劣化する前の若い可能性にかける方が理に適っているのかもしれない...。
ある老人カメラマンのU氏は、
いつも、過去に撮った作品集を持ち歩き、
カメラ店の店員や、居合わせた客に相手かまわず、作品を見せ歩き自慢する....。
確かに過去の実績があるのは認めよう。
でも、どの作品もかなり古いモノで、流行り的にもかなり時代遅れの感が強い。
例によって、私に対しても自慢をし始めたので、
最新の作品を見せて欲しいと頼んだら、それは10年以上前のものだった....(- o -;)
未来はおろか、
今でさえも、もう撮れなくなった人の過去の作品に、何の意味があるのだろうか....。
可能性が無くなったら、表現者は終わるのだ....。