第1コリント人への手紙2章9節
しかし、聖書に書いてあるとおり、
「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、
人の心に思い浮びもしなかったことを、
神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた」のである。
愛する者とは神を愛する者であり、神が愛される者である。
そして実に神は、私が神を愛するより先に、私を愛された。
詩編127編に「あなたがたが早く起き、おそく休み、
辛苦のかてを食べることは、むなしいことである。
主はその愛する者に、眠っている時にも、
なくてならぬものを与えられるからである。」と謳われている。
神は私が何もせずただ眠っている時にさえ必要なものを与え続けていると言う。
そもそも私に神が与えて下さったキリストの命は、
神ご自身であり、
「その十字架は神キリストの完全な愛の恵みを受ける唯一の道である。
(とは今ある神学校で組織神学序論を教えて下さっているH先生の言葉。)」
「聖なる神でありながら血を流し肉を裂かれたこの方の圧倒的な愛の前(同)」に私は立っている。
H先生のこの文章を私は不覚にもロイホでご飯を食べながら読んでしまった…
心臓を掴まれたように感じて目が涙で一杯になった。
この熱さを自分の心臓の奥底でいつも燃やし続けたいと思う。