『罪』を犯す時、
それが悪いことだと自覚して、
人目を忍び隠れて行っているならそれはまだ救いがある。
救いようがないは、
まさにそれを正しいことに様に考え正義の行いだと思い込んでやっちまってる時だと思う。
「私、間違ってないよ?」って思う時、
何をもって正しいと自分で判断しているのかってことだよね。
悪魔はあざとく強か(したたか)で用意周到だから、
正しく見せかけたり思わせたり、まさに正しそうに聞こえる理屈まで提供してくる。
無力で無知は人は屈するしかないように感じる。
それが救いの道のように逃れの道のように思わせられる。
そして奴らの常套手段は
①生理的欲求に訴えかける
②価値あるものを逆転させる
③不信感を植え付けてくる。
キリストが悪魔から受けた荒野での誘惑も、
最初は生きること(食べること)、
次に愛と仕えることについて、
最後は信じる事信頼を裏切るように仕向けてきた。
しかもバプテスマを受けた直後で、
三つの福音書がそれぞれ違うのは聖霊に追いやられたか、
導かれたか、もしかしたら自発的だったか?
40日間誘惑をうけたのか、40日過ぎて空腹を覚えた時に受けたのか???
三人三様であってもいい、
まさに様々な手法で今でも奴らはけしかけてくるのだから。
そして、突然やってくるのだから、気を付けろ・・・・!!!!
人は40日戦って敗れるのではなく、
何時間か、あるいは何分かの戦いでコテッっとひっくり返るものだよψ(`∇´)ψwww