“告発された殺人犯”は、存在しない?
『架空犯』は、東野圭吾さんが2024年に発表した話題のサスペンス小説です。
ミステリー界の巨匠である著者が、これまでになかった切り口で、現代の社会問題や人間の深層心理に切り込んでいます。
物語の始まりは、あるテレビ番組での“殺人犯告発”という衝撃の展開から。一人の女性が、長年忘れられていた失踪事件の犯人を名指しで糾弾するのです。
その人物とは、かつて彼女に暴力を振るい、彼女の妹の命を奪ったとされる男。
しかし、問題はその男が「この世に存在しない架空の人物」だったという点にあります。
フィクションが現実を動かすとき
この小説の最大の特徴は、「事実」と「虚構」の境界が非常にあいまいであることです。
主人公の女性は、長年のトラウマと苦しみのなかで、“記憶をもとにして架空の人物”をつくりあげ、その人物を社会的に糾弾するという行動に出ます。
読者は、彼女の告白を信じるべきか、それとも疑うべきか、複雑な感情に揺さぶられながら物語を追うことになります。
「嘘でも、誰かの正義のためなら、真実になりうるのか?」「世の中は、どこまで“語られた物語”に動かされてしまうのか?」
東野圭吾さんは、これまでの“論理的な謎解き”とは異なり、非常に人間的で複雑な問題をテーマに据えています。
社会派ミステリーとしての完成度
『架空犯』は単なるサスペンス小説ではありません。 この物語の背景には、SNSによる炎上、冤罪、メディアの責任、トラウマと記憶の再構築など、現代社会が抱える課題が巧みに織り込まれています。
特に印象的なのは、被害者と加害者の立場が、語られ方ひとつで反転するという怖さです。
「真実」とは、必ずしもひとつではなく、誰かの語る“物語”によって姿を変えてしまうのです。
読後に問いが残る、異色の一作
『架空犯』は、読んだあとに「どこまでが事実だったのか」「誰が正しかったのか」といった問いを読者に投げかけます。
読み応えのある重厚なストーリーと、心理描写のリアリティが秀逸で、東野圭吾作品の中でも異色の位置づけといえるでしょう。
これまでの“解決されるミステリー”ではなく、「解かれないまま残るモヤモヤこそがメッセージ」という構成になっている点も、大きな魅力です。
おわりに
『架空犯』は、エンタメ性と社会性をあわせ持った、読む人の価値観を問う作品です。
「記憶」「声をあげること」「人を信じるということ」――そんな普段意識しないテーマに、そっと焦点を当ててくれる一冊。
読後に考え続けたくなるミステリーをお探しの方に、ぜひおすすめしたい作品です。