1938年(昭和13)のこの日、高村光太郎氏の妻、智恵子さんが亡くなりました
亡くなる数時間前にレモンをかじる姿をうたった…!?唄った…!?謳った…!?
[そんなにも、あなたはレモンをかじる待っていた…私の手からとった一つのレモンをあなたのきれいな歯がガリと噛んだ]
という『智恵子抄』の「レモン哀歌」にちなんでいるそうです
高村光太郎といえば、[智恵子抄][道程]等の詩が学校の教科書に掲載される程有名で、詩人のイメージがありますね
しかし、その本質は彫刻家であり、詩の作成は彫刻から文学的なものを排し、造型の理想を追い求めるためのものでした
光太郎が自身を[宿命的な彫刻家]と呼ぶように、そこまで彫刻に執着する背景には、偉大な彫刻家である父との確執があったそうです
智恵子さんとの出会い…
芸術論を文筆で戦わせたことも有名で『スバル』に掲載された『緑の太陽(明治43年)』は新しい時代の芸術の潮流の一つとなったそうです
柳さんの夫人、八重さんの紹介で女性雑誌『青鞜(せいとう)』の表紙絵を描いていた長沼智恵子さんと出会い、大正3年、33歳の時、光太郎は彼女と生活を共にします
ちょうど、この年最初の詩集『道程』を出版、詩の世界でも頭角を表し、智恵子さんは昭和13年53歳で没しますが、その半生は精神病と肺結核との戦いだったらしいです
有名な『智恵子抄』は3年後の和16年発行されたました
高村光太郎氏は昭和31年4月2日、愛して止まなかった智恵子さんと同じお墓に眠ることになったのです
高村光太郎氏は詩人ではなかったんです…ね
彫刻家でも、あの有名な詩を手掛け素晴らしい偉人です
智恵子さんのことはほとんど、知らなかったように思います…
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雑学よりいただきました
人間が1日で必要なビタミンCを100mg摂取するためには、レモンを5個食べないといけないんです
※レモン1個(100g)に含まれているビタミンCの量は[100mg]ですが、皮ごと全ての量ですので実際に1個食べたとしても[20mg]しか摂取できないのだとか…
レモンのハチミツ漬けに作っても、中々、まるごと1個食べる人もいませんよね~!?