(偏った思考の内容ですが、正直に書きたいので、書きます。不快に思われたら申し訳ありません。)

父が死んでから、初めての夏、地元へ帰り、お墓まいりをしますが、わたしはそこに意味を感じられません。お経も、お線香も、要らない。そんな事を父は望んでいない。
わたしはそう思うのです。

パチンコ屋の広場で小さなビアガーデンをやっていたので、そこでビールを飲みました。 
そこからは父の最期の場所である、精神病院が望めます。父は、お墓にはいない。どこにも存在しない。そう思っていましたが、まだその目の前の生々しい病院の閉鎖病棟を徘徊しているような気になりました。父は、気が狂ったが、死ぬ願望があるどころか、生きる願望しかありませんでした。
かなり勝ち気で、執念深い性格なので、思い通りにならない身体、周りに馬鹿にされる事、悔しくて悔しくて仕方なかったはずです。早く治したい、治してやる、復帰してやる、その想いだったと思います。諦めていなかったはずです。きっと…