263年26日



朝2刻

エルネア波止場


彼女は少し名残惜しむかのようにグルリと周りを見渡した。

そんな彼女の様子を、僕も彼女の家族も黙って見つめていた。

それに気付いたのか彼女は少しはにかんだ。


丁度そのとき、波止場に留まっていた船の出港準備が整ったことを知らせる汽笛が鳴った。

既に大きな荷物は船に乗せてある為、彼女はリュックひとつを背負って、見送りに来た家族と友人たちを見回した。


「それじゃあ、いってきます!」


彼女は笑顔でそう言うと、小さく会釈した後くるりと踵を返して早足で船へと乗り込んだ。

少しの間彼女の姿が船の中へと消え、見送りの人々が所在なげにしていたが、彼女は甲板へとやって来て再び見送りの人々の前に姿を現した。


「またねーー!」


彼女はそう言って大きく手を振り、見送りの人々もそれに応えて口々に「元気でね」「身体に気を付けてね」「着いたら手紙書いてね」と、手を振りながら叫んでいた。

僕も負けじと彼女に届くようにと大きな声で叫んだ。


「いつかまた、必ず会おう!」


旅人としてこの国にやって来て、結婚をして仕事もして家族を作った彼女は、再び見知らぬ国へ、でも最愛の人が待つ国へと旅立って行った…









☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:







遡ること七日前。

263年19日のこと。


朝4刻、僕は王立練兵場にいた。

フェランドくんを追いかけての事だった。

フェランドくんと親友ラトランドくんの娘アイーダちゃんを是が非でもくっつけたいと考えているお節介おじさんである僕は、アイーダちゃんが成人するまでの間にフェランドくんに恋人が出来やしないかとヒヤヒヤしながら彼の後を追いかけていたのだ。



まあ、そのときは練兵場まで彼の弟であるヘラルドくんに会いに来たようで安心していたのだが、その途端に後ろから声をかけられた。

声で誰か分かった僕の肝は一瞬にして冷えた。

ヤバい、怒られる!

そう思ったのには訳がある。

声を掛けてきたのが我らが近衛騎士隊長であり、フェランドくんの祖母であるサナさんだったからだ。



ああああああああのですね、これはその…別に、ずっと追いかけてるわけではなくてですね、その、なんというか、彼の行動を強制したりとかそんなつもりもなくて…


「ユーリ、落ち着いて。フェランドのことはあの子が幸せなら私はそれでいいからさ」


え?あ、ああ、怒ってる訳では…?


「うん、怒ってはいない。でも、あの子に他に好きな子がいるならそっとしといてあげて欲しいけど」


も、もちろん!

ただ見てるだけで、邪魔するつもりはないですので。


「それならいいの。お願いね?…それでね、ちょっとユーリに話があるんだけど、時間もらえる?」


話…ですか?

いいですけど…。

じゃあ…うちに来てもらっても?


「もちろん。ユーリの家に行くの久しぶりだなぁ」


昔はよく来てましたよね。


「ツェリに会いにね」



僕とサナさんは喋りながら練兵場通りから幸運の塔を通り、僕の住む郊外の邸宅まで歩いた。

ダイニングの一席にサナさんを座らせて、僕はキッチンでイム茶を入れながら既視感に襲われていた。

確か前にもこんなことが…



そこまで考えて思い出した。

ハンクさんも前に話があるとやって来て、ここで生まれ故郷に帰る話をしたんだっけ。

僕は手を止めてダイニングに座るサナさんを見やった。

お茶を入れる僕の背中を見ていたらしいサナさんは、突然振り返った僕にキョトンとしていたけど、先程話があると言ってきたサナさんの顔は、あの時のハンクさんの表情によく似ていた。

もしかして…



2人分のイム茶をダイニングに運んで自分の席とサナさんの席に置いた。

イム茶独特の香りがダイニングを包み込む。


すいません、イム茶しかなくて。


「ん?別にいいわよ、私イム茶好きだし」


よかった。

せっかく女性が来てくれたんですから、春風の恋心かローズティでもって思ったのに切らしちゃってて。


「ふふふ、そういうところ本当にツェリの教育の賜物よね」


そういうところ?


「うちの息子たちはそんな気遣いできないどころか、イム茶すら出さない可能性あるし、孫もいるこんなおばあちゃんを女性扱いなんて普通はしないでしょ?」


ん?女性は女性なのに?

だって、サナさん女性ですよね?

男の人じゃないですよね?


「そうなんだけどね。でももう男だ女だって年齢じゃないじゃない、私」


…ん?

いや、サナさんは幾つになっても素敵な女性…ですけど?


「だからそういうところよ。女は幾つになっても女って考えてる人だったでしょ?ツェリって」


ああ、確かに。


「なんかねぇ、ユーリ見てるとツェリを思い出すのよ」


父似ですが…


「顔はね?」


でも、母をよく知る人達には言われましたね。

見た目はお父さんに似てるけど、中身はお母さん似なのねって。


「不満なの?」


うーん、どうなんでしょう。

僕はあそこまで変人じゃないし、我が強くないって自分では思うんですけどねぇ。


「まあ、親友として振り回されることは沢山あったけど、基本的に優しい人だし、愛情深い人だったじゃない?」


ああ、そうですねぇ。

特に父への愛情深さは半端なかったですからねぇ。


「本当にキースさんのこと大好きだでたもんねぇ」


父もあんな重めの愛情を、よくもまあ涼し気な顔で受け取ってたなぁと、今でも感心しますよ。


「キースさんは懐の深ーい人だったもんねぇ」



ひとしきり僕の両親の思い出話に花を咲かせた後、イム茶で喉を潤したサナさんは本題とばかりに少し居住まいを正して話し始めた。


「今のトーナメント終わったらね、ハンクの所へ行こうと思うの」



ああ、やっぱり。

やはりそういう話だったのか。

僕は一度目を閉じて大きく深呼吸した。

ハンクさんの時にも思ったが、帰ろうかどうしようかの相談ではなく、これは報告なのだ。

止められるものでは無い。

僕はゆっくり目を開けて微笑んだ。


ハンクさん、待ちくたびれてますよ、きっと。


「そうねぇ。手紙のやり取りはしてたんだけど、最近じゃ“いつ来るんだ”ってばっかり」


やっぱり。

もう3年ですもんね。


「そう、いつの間にか3年経っちゃった。なんかさぁ、名残惜しくなっちゃって。本当に気に入ってたからね、この国」


近衛騎士隊長として国を守っちゃうくらいですもんね。


「そうそう、もう一度隊長になってからじゃないと後悔しそうだったからハンクと一緒には行かなかったけどね。去年隊長に返り咲いた時にでも行こうと思ったんだけどさ」


まだやり残したことが?


「まあフェランドの成人見たかったし、連覇もしたかったのよねぇ」


するつもりですか?


「もちろん。本来なら次に引き継ぐ当たるジュリアちゃんに負けて隊長譲ってから行くべきなんだとは思うけど、やっぱり勝って行きたいのよ!」


まあ姉とは準決勝で当たる訳ですから、負けても隊長譲ることにはなりませんしね。


「そうなのよ〜。ジュリアちゃんとは決勝で当たりたかったわぁ。でもまあ、トーナメント制してこの国出てくってのがかっこいいかなって」


サナさんらしいっちゃサナさんらしいですよね。


「でしょ?だからトーナメント終わったあと陛下にもご挨拶して荷物纏めたりするから、出発は25日か26日になると思う」


ヴァレリアンたちも承知してるんですよね?


「もちろん。今年の初め頃から話はしてたのよ。元々ハンクといずれ合流するってことで3年前に話してたことだから」


でも、エウヘニョの所に子供産まれますよね?

この間モネちゃんに報告受けたんですけど。


「それなのよ〜。また孫が産まれるのよ。顔みちゃったら行きたくなくなりそうだしさ、しかも念願の女の子だった日にゃハンクなんてどうでもよくなりそうでしょ?」


いや、流石にどうでもよくなったりはしないでしょうけどwww


「だからね、孫が産まれる前に行こうかと思って」


ハンクさん、サナさん来たら喜ぶでしょうね。


「そう、かな?まあ家の手入れも終わって畑も作って、そろそろ話し相手が欲しくなる頃かもしれないからね」


そんなこと言って、サナさんの方がハンクさんいなくて寂しくなっちゃったんでしょ?


「ばっ、そ、そんなんじゃないって!歳上を揶揄うもんじゃないよ!」


ハハハ、はいはい、すいません。

でも僕は寂しいですよ、サナさんが行っちゃうの。


「そりゃあ、私だって寂しいけどね。人にはいつか必ず別れの日は来るからさ。それが少しの早まっただけよ」


…そうですねぇ。


「ねぇユーリ。息子たちと孫たちのこと頼める?」


もちろん。

頼まれなくったって親友たちのことは構い倒しますよ!


「ふふふ、心強いわね。まあそこら辺は確かにあんまり心配してないんだけどね。騎士隊のことは少しの心配かな」


騎士隊のことですか?

何が?


「ユーリは一体いつになったら本気を出してくれるのかなぁ〜、とか?」


え?ええ?

僕ですかぁ?


「だっておかしいもの。2度も龍騎士になった人がトーナメントでは毎回準決勝で負けるなんて」


そ、それは…


「わざとなんでしょ?」


わざとって言うか…


「わざと負けるなんて、騎士隊員として有るまじきことよ!相手の人にも失礼でしょ?」


それは、はい、すいません…


「なんでそんなことしてるのか知らないけど、約束してくれない?来年こそは本気でやるって」


え、ええ〜?

でもぉ…隊長ってめんどくさいじゃないですかぁ。

授業とか評議会とかで時間拘束されちゃうし。

そうなったら、リカちゃんとのデートとかトリスちゃんやジェニーちゃんやヒューブくんとのお出かけとか、あとリカちゃんとのデートとかの時間が減っちゃうじゃないですかぁ〜。


「…リカちゃんとのデートって2回言ったね。…って、違う!え?そんな理由でもわざと負けてたの?」


え?家族との時間って重要じゃないですか?


「いや、まあそうだけど。授業や評議会なんて毎日あるものじゃないじゃない」


家族との時間以外にも、親友との時間とか探索とか仲人とかやることいっぱいなんですもん。

今でも時間が足りないって思ってるんですよ!


「…自ら忙しくしてる気がしないでもないけど。あと、自分が本気出せば必ず隊長になれるって思ってるんだね」


え?あ、はい。

だって僕、龍騎士ですよ?


「ほんとそういうところツェリにそっくりだわ」


ん?


「まあ、とにかく!そろそろ本気出してちょうだい!」


んんんんんんん〜、分かりました。

じゃあ、来年は本気出します…。


「…なんでそんなに不満そうなのよ。ちょっとイラッとするわぁ〜」


だってぇ〜。


「はぁ…。ユーリ。あなたももう16歳でしょ?子供じゃないんだから“だってぇ〜”とかって唇尖らせるんじゃないの!」


あ、リカちゃんにも同じこと言われます。


「言われてるんなら治しなさいよ…」


デヘヘ…


「笑って誤魔化さないの!」


すいません。













☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:











一際大きなボーっという汽笛の音でハッとした。

いつの間にか七日前のことを思い出していたのだ。

遂にサナさんを乗せた船は出港の時間を迎えたのだ。



ヴァレリアン一家とエウヘニョ一家、それに騎士隊の同僚たちが遠ざかろうとする船に大きく手を振っている。

僕も寂しさを堪えて笑顔で手を振る。

船はゆっくりとエルネア波止場から離れてゆく。

サナさんをハンクさんの元へと送り届けるために…



19年前、この港に降り立った旅人のサナさんは、僕の母ツェリと出会いこの国への定住を決めた。

母の紹介でハンクさんと出逢い、お付き合いが始まり結婚。



その間にサナさんパパ騎兵選抜へ応募して見事優勝。

その時の決勝の相手は亡き叔母ウルリーケ。

2人は生涯のライバルに…と思っていたのはきっと叔母だけだったろうとは思う。

何せ叔母は一度もサナさんに勝ったことはなかったから。



サナさんのライバルはきっと僕の父キースだったのではないかと思う。

よく決勝で当たっていて、大抵は父が勝っていた。

負けず嫌いなサナさんのことだから、きっとライバルはと聞かれたら父の名前を出すのだろうと。



ハンクさんと結婚してヴァレリアンとエウヘニョが産まれ、龍騎士にもなったサナさん。

長男のヴァレリアンが騎士隊に入った時にはとても嬉しそうだった。

そして、来年には孫のフェランドくんも騎士隊入りする。



母ツェリが亡くなった日の夜、我が家にやって来たサナさんが書斎で微動だにせず1刻ほど佇んでいたあの姿が忘れられない。

母とは少し歳が離れていたために母を見送ることになってしまったサナさん。

あの時の泣くことさえ出来ないそう質感を抱えたサナさんの表情が今でも胸を突く。



サナさんとの思い出を数えあげればキリがなく、その度に大きな塊のようなものが込み上げてきて息が苦しくなる。

永遠の別れではないけれど、そうそう気軽に会いに行ける距離ではない。

次に会えるのはいつになることか。



それでも、またあの仲良し夫婦が一緒に暮らせるのだと考えると、ほんわか幸せな気持ちにもなる。

ハンクさんが今か今かとソワソワしてるんじゃないだろうかと想像すると、笑いが込み上げてくる。

見ているだけで暖かい気持ちにさせてくれる夫婦が、また一緒になれるのだからと考えると苦しさは収まってくる。



港から随分と離れて、今はもう豆粒ほどの大きさにしか見えなくなった船に、僕はもう一度叫んだ。



またねーー!!