総帥は。
総帥は。
総帥以上でも以下でもなくて。
20年間何一つ取り柄もなく、情熱を傾けることのなかった人生に、一筋の光を与えてくれたのは総帥だった。他の誰かに、人生を変えた人は誰か、と問われれば総帥と答えるだろう。
白く凍える冬の六畳間、一人陰気にインターネットをしていた自分が見つけたのは一杯のラーメンだった。最初はネタだと思ったし、汚いとさえ思った。食べ物で遊んでいるのではないか。これじゃあこんな自分より劣っているじゃないか。そう思っていた。人気先行のネタに走った悪ふざけの結果が自重しない馬鹿どもを繁殖させ、あわよくばそれをカルチャーにしようと目論む。深夜フリータイムしかなかった90年代なら通用したその手のおふざけも、この光接続が当たり前となった現代ではとうに廃れている。掘り当てるという感覚がなくなった今のインターネットなんて、ただ祭りに便乗して騒いでいるだけの烏合の衆に過ぎない。自分はその中の一人で、名前もない末端の歯車だと思っていた。
いくら見下した態度をとっていても、のめり込めば参加したくなるのがインターネットの魔力で、自分はそのネタとなっている現場にいってみたくなった。できるならやはり本場がいい。そして全マシされたラーメンを目の当たりにした感想を書き込みたいと思った。モニター越しのラーメンは確かに重量感があったけれど、食べきれないとは思えない。今日は天気もいいし、体調も文句ない。くしゃくしゃの千円札をジーパンにねじ込んで午後の陽の下へ飛び出した。
若すぎたゆえ、もう思い出したくない。何よりも冒涜していたことは消せない罪だ。
今こちら側にきたことで一つだけ言えることがある。
どんな小さな縁でも大事にする。
だから色々面倒なこともあるし、嫌な客もいるし、むかつくこともあるけど、絶対にやめようとは思わない。このカウンターを挟んで客との戦いだという人もいる。が、こちらは全力を出して一杯を作っているわけだから戦うのは自分ではなく、このラーメンなのだ。
総帥は、もっと簡単だよ、と微笑むかもしれない。
何も持たない素人だった自分をいっちょまえの武器を持った戦人にしてくれた総帥には感謝しきれない気持ちで一杯だ。だからこそ、その看板に恥じないように日々改良を重ねる。火傷だって今では勲章に思える。
まさかこんな風に自分を誇れる日がくるとはあの当時は思っていなかった。今でも不思議に思う。なぜ総帥は自分を受け入れてくれたのだろう。
そして、この並び続けるお客さんにも感謝したい。自分の味をホームだと行ってくれるお客さんもいる。雨の日も風の日も並んでくれる人がいることがどれほど飲食店にとって嬉しいことか。たまにのんびりしたいと思うこともあるけれど、当たり前だがお客さんがいる方が嬉しい。こんな不景気な世の中で自分ができるせめてものことは、マシコールに対して全力でマシていくことだ。それが結果的に崩れてしまってもかまわない。それが汚いといわれても構わない。これが全力なのだから。
自分にとっても、お客さんにとっても、ずっとここがホームであり続けられる事を祈りながら今日も仕込んでいる。
さあ、開店だ。
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ラーメンって青春な感じがする。
こんばんは。まぱうぺです。とりあえず一週間は続けたいと思っているけれど、どうなんでしょうか。楽しんでますか?
一応この読み物、対象としては、自分自身とラーメン好きと青春小説好き向けに書いてます。
毎回あとがき書いてるのは一区切り的な意味合いとモチベーション維持のためです。
ちなみに今まで見切り発車でやってましたが、明日のネタだけはもう考えてあります。なぜなら今日の分は重めにしようと思ったわけで。重いの書くと反動で軽いの書きたくなるのでね。
できればトーテムポールを登場させたいが。それは無理か。明日もおたのしみに。