おにぎりを握ろうと思ったのですが、堅い部分のご飯粒が多量にある。
一般にはそれをおこわと名乗るものだと思うのでしょうけれど、いえいえ、それは釜底にございます茶色っけのある香ばしいものでしょう。わたくしが申しておりまするのは、上層部にうっすらと幕を張った水分が抜けているあれでございます。
あれったら非常に口当たりが悪く、歯にくっついてみたり、奥歯にはさまってみたりとやんちゃのし放題。母親が茶碗にあれをいれようものなら、2時間は口をききたくないと思うのです。
それでも空腹時に何も口に入れないのはお腹的にどうなのかな?っていうOL風の口調でシンキングしてみましたところ、それはいかんということで、やはりおにぎりを握ったのでした。
いやあ、堅かった。実に堅かった。堅いのなんのって、オリンピック選手が金メダルを噛むシーンあるじゃないですか、あれ実は銀に金メッキしてるらしいじゃないですか、つーことは銀じゃないですか、銀って堅いじゃないですか、つってもサイズフリーの指輪なんて結構自分で曲げて大きさ変えられるじゃないですか、ってことはそこまで言うほど堅くないじゃないですか、そんぐらい。マジそんぐらい。かてぇかてぇ。江戸時代のせんべいぐらい堅いっすわ。
で、人間というのは素晴らしい才能を秘めているもので、そのおにぎりを茶碗に入れて、梅干をのせて、適度にちぎった海苔をパラつかせて、お茶をかけて、お茶漬けにしました。だって堅いんだもの。堅くてもう駄目って思ったんだもの。
じゃあ最初からお茶漬け食えって話なんだけど。でもそれじゃ無粋じゃん?ブスいじゃん?京都の人が玄関先でブブ漬けぶっかけてくるようなものじゃん?一応玄関に通してるって事はお客様扱いにもかかわらず、ブブ漬けいっちゃりーってことじゃん。ないじゃん。せめてハバネロタバスコたっぷりのピザ食わして、コーラのませてからのブブ漬けじゃん。そういうことですよ。握ることに意味がある。握らないと意味がない。握りたい。とにかく堅いのを堅く握りたい。それがパッションなのだから。ちなみに女子がおにぎり握ったものと、男子が握ったものだと女子が握ったもののほうが美味しくなるって科学的に証明された昨今。精神論に科学がやっと追いついたか!って感じですよね。ウフフフフ。詳しくはググれ。
それにしても。
堅い部分のご飯粒はなかなか柔らかくならない。何ジュールの熱量で何分暖めたらこの米粒はアルファ化するのだろうとひとしきり頭を悩ませていました。
村上春樹口調であらわすなら
『湯の中の米粒はまだ堅いままだ。
「やれやれ」 』
っていう感じだ。ちなみにアキタコマチはコシヒカリ系列なのでアミロース含有率が低く、もちもち感が強いはずなのだ。なぜそれがカッチカチ米になっとるんやろか。世界の不思議や。てかなぜ関西弁になりかけとるんやろ。
とにもかくにも、ご飯が美味しいということで、今日も一日ありがとうございました。