「ショパン弾き」とは言葉通り、ショパンを得意としたクラシック・ピアニストということです。昔から「ショパン弾き」なるピアニストは沢山いて、時代ごとに語られてきました。
UKのグラモフォン紙はショパン弾きとして10人、ルービンシュタイン、アシュケナージとポリーニ、リヒテル、アルゲリッチ、コルトー、リパッティ、ソロモン、ペライア とピリスをあげているそうです。ソロモン・カットナ―がショパン弾きという認識は初めて知りました。UK紙が選んだからでしょうかね。
個人的にはコルトー、リパッティ、ルービンシュタインが「ショパン弾き」というのはかなりしっくりきます。
しかし、今回聴いたのはそんな有名なショパン弾きではありません。
ヴィトルト・マウツジンスキによる、ショパン「ワルツ集」(1959)。
SAX2332。
ヴィトルト・マウツジンスキ(1914-1977)はポーランドのピアニスト。自分はレコード屋で存在を初めて知りました。日本では紹介する人もほとんどいません(来日して演奏もしていますが・・・)。しかし今どき、かつての詳しい活動内容は中々紹介されていなくて、どんな人物だったか良く分かりません(汗)。ただヴィルトゥオーゾ風の、ショパン弾きだったのは、確かなようです。
UKの初期ステレオのSAXシリーズに収録されているので、海外ではそれなりの評価だったと思われます。
一聴、鋼を思わせるようながっしりした弾きっぷりで、結晶化した音の響きが美しいです。明確で迷いのない解釈と、指の動きで、曲調によどみがありません。しかし、強い表現ながら、繊細なコントロールがされており、ショパンの煌めく様な音楽が実にスムーズに表現されています。
自分は同じ音源をUK盤だけでなく、FR盤でも持っていて、聴き比べることができます。FR盤も悪くないです。FR盤の音の方が現実味があって、リアルな気がします。UK盤は音が透明で、コロンビアのレコード特有の品の良さがあります。おかげでUK盤は、自分には、音が「明るく」聴こえます。レコードの音によって、貴族的な雰囲気がより強められています。
SAXF820。フランス盤。
一般に、「魅力」という点においてはUK盤が勝る、ということです。
しかし、UK盤、FR盤一体どっちが真実を伝えているんでしょう?どちらも真実を伝えていない、ということもあり得ます。レコード同士の、音の差が大きいのです。レコード盤の音の差、というのは、「録音とは何か?」みたいな疑問が湧いてくる瞬間でもあります。
UK盤で聴くと、クリスタルなタッチの、美しい硬質な演奏です。
アレクサンダー・ブライロフスキーによる、ショパン「ピアノ協奏曲2番」(1954)。
アレクサンダー・ブライロフスキー(1896-1976)はウクライナのピアニストで、ヨーロッパで活躍、第2次世界大戦後は米国に移りました。19世紀生まれのピアニストで、録音はRCAのものが圧倒的に多いですね。しかし、これはミンシュと共に、HMVに吹き込んだものです。彼も20世紀のショパン弾きの1人です。
世の中には、2種類のピアニストがいるとみて、簡単な考察をしてみます。
例えば、マウツジンスキのようなピアニストはどちらかといえば、演奏において、弾き手側の理屈を優先する人だと思います。極端な話をすれば、現代のポリーニのような完璧主義者の演奏は、弾き手側に立たないと理解されづらいのだろうと想像されます(上手く弾くためにミスが許されないということです)。ポリーニとかミケランジェリみたいなスタイルは(この場合両方ともイタリア人ですが)、演奏家自身の調子が良くないと演奏しづらいと思いますね。コンサート・キャンセルも出るでしょう。ミスを怖がっている、ということでね。
↑、マウリツィオ・ポリーニ(1942ー)。現代の巨匠的なピアニスト。完璧主義者でミスをしないことで有名です。イタリアの演奏家は指揮者を含め、直接的な演奏をする人が多いですね。楽譜の行間を読むというよりは、楽譜をそのまま正確に再現するというやり方です。ポリーニは、それを徹底している演奏家ですね。
「弾き手に徹する」、ということでのポリーニなど、ちょっと極端な例をあげました。・・・マウツジンスキはそこまで神経質ではないと思いますが、いずれにせよ、曲を正確に弾きこなしていきます。要は「曲の内部」に入り込み過ぎないスタイルということです。
↑、アルフレッド・コルトー(1877-1962)。20世紀最大のショパン弾きである、フランスのピアニスト。しかし現代に彼がコンクールに出たら通らないだろうといわれています。技術面とか解釈などで。楽譜を読み込んで、文学的な解釈をします。単純に上手い下手を超えた演奏で、演奏とは何かということを考えさせられる存在です。演奏そのものに、創造性が宿っています。
20世紀の大家、アルフレッド・コルトーのようなピアニストは曲の「書き手側」に立っていて、技術よりも曲の内容を掘り起こすことを優先します。音楽の「行間」から詩情が溢れ出てくる感じですね。幾分かの気楽さも備えていたりします。
このブライロフスキーは、どちらかといえばコルトー側で、ショパンの書いた詩情を、聴き所では、華麗にピア二スティックに表現していきます。遊び心があるかな、と思いますね。
特に第2楽章辺り、ショパンの書いた心のひだに届く様な音楽を、ブライロフスキーは心を込めて演奏しています。ロマンを感じますね。
またそれをHMVのモノラル録音が良くとらえています。デッカとHMVのモノラル後期の録音は、透明感と明晰さ共に優れ、ピアノの音の録音も素晴らしいです。
「曲の内容を掘り起こす」側の意見からいえば、ショパンは病身で、ピアノの音は小さめだったといいます。多分にマザコンの要素を持った作曲家でしたから、男らしいというよりも、少年とか、青年を思わせる精神の持ち主だったと想像され、演奏もそういった傾向を示すものが欲しいというところでしょうか。男性的に過ぎると、その雰囲気が壊れます。確かにこれはロマン派風の見方かもしれませんが、作曲家の背景にまで思いをはせるような演奏家・・・最近はこの手の演奏家はめっきり見なくなりました。機械文明の米国のせいだとかいう話で。だからかもしれませんが、ブライロフスキーは米国では苦労したそうです。
今の演奏家は皆上手くて、ミスが少ないですね。ただちょっと演奏の「夢」とか「ファンタジー」に欠けることも多いかと思います。ブライロフスキーの演奏を聴いて、そんなことを思ったりしました。
ロマン派は遠くになりにけり、です。







