ミュシャ展 |  ヒマジンノ国

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ミュシャ展に行ってきました。行くは予定なかったんですが、ツイッター上でミュシャの話題が出て、興味を持ちました。展覧会が八王子でやっているという情報も同時に流れてきたので、いい機会だと思って行くことにしました。

 

数日前に、ツイッター上ではミュシャが1流か2流か、という議論をやっていて、ある大学教授が炎上したんですね。その教授はミュシャを2流と断定、これが問題になっていました。

 

ミュシャの描く女性は「類型的」とかで。

 

ミュシャは長い間2流といわれていた歴史もあったそうですが、1960年代以降は再評価されているようです。アカデミズムからいえば、2流といいやすい作風だと思います。

 

かの大学教授の「1流、2流」の言説は、俺の見ている美術がすごい、それに比べれば「ミュシャの描く女性像など2流」、ぐらいの勢いのある言葉でしたので(当該のツイッターはすでに削除されているようです)、この「1流、2流」という言葉はあまりあてになりません。確かにこの人は面白い絵画を紹介していると思いますが、それで自分の理解できない作風を断罪できるか否かは、別の話でしょう。大体芸術品の1流、2流という品定めは難しいので、ミュシャの芸術が1流か2流か?といわれてもピンときません。ダ・ヴィンチとかミケランジェロを2流といえば、相手にもされないでしょうが、ミュシャのような近代的な位置付けの作風など、再評価されたばかりで、まだまだ受容の途中ですから、本当の統計などは、かなり先になると思います。

 

ミュシャの芸術は古典的な西洋画にはない、はっきりした輪郭線や、背景の装飾があり、時に記号的だったりするので、単に「絵がうまい、下手」という以外の象徴的な意味を、広告として賦与させているものが多いと思います。

 

これは象徴性(シンボリズム)を想起させ、人間の根源にある何かしらの深層心理を刺激します。

 

 

 

↑、米国の指揮者、バーンスタインの演奏したマーラー・チクルスのジャケットに使われた、フランスの画家エルテの図版。この何かしらを象徴した図版が、各交響曲のイメージをそれぞれ想起させます。

 

例えば連なる山並みを見て、漢字の「山」という文字が生まれました。これは物事の現実的な細かい条件を削って、特徴となる部分だけを残し、それこそ「類型化」するわけです。これによって万人が扱いやすい、新しい記号を生んだのだと思います。人によっては「家紋」なども、何かしら意味を持つこともあるでしょう。

 

例えば「馬鹿」という言葉が、人を怒らせることができるように、シンボル化は、一種の「意味」をその「記号」や「絵」に持たせる効果があり、時には人の感情を動かします。

 

ミュシャやクリムトなど、そのような記号性や、装飾性を程度よく絵画の中に取り入れています。そして、それを繰り返し見せることによって、人々に一定のイメージを植え付けていきます。このような手法は、古典的な美学では許容されないのかもしれません。

 

「類型化」やパターン化が、本当に芸術に向くか向かないかはまた別の議論を呼ぶかと思います。

 

ミュシャについても、彼のシンボリックな構図や作風は、独特の神話のイメージを想起させます。

 

本来西洋絵画は、現実世界を映像的にリアルに表現することにありました。しかしミュシャを始め、このころの画家にはそれを辞めて絵画の中に輪郭線や装飾などを入れるようになっていました。

 

ミュシャの作品にはいろんな要素があると思いますが、その1つはやはりこの象徴性でしょう。そしてこれは「類型化」によってさらに強化されるわけです。またこういう作風は、工業化によって、沢山の複製が作れるという、スタイルを取りやすいと思います。

 

古典的な絵画は、やはり現物を美術館で見ることが最大の醍醐味ですが、ミュシャのようなアートはプリントされることによって、我々の生活圏に入ってきます。古典的な作品が、じっくりひと所で観察される場合と、時にはTシャツにプリントされて、人目に触れるのと効果は全く違ってきます。

 

実際の社会に与える効果そのものをとれば、後者の方が大きいともいえます。

 

ミュシャの芸術には、現実にはない曼荼羅のような装飾、そして輪郭を強調し、非現実的な世界への入り口としているように見えます。そこにあるのは彼特有の「聖性」を感じさせる幻想と神話の世界のようにも見えます。

 

それを、我々の現代的な現実世界の中で見る場合、よりミュシャは魅力的に映るのかもしれません。

 

 

↑、と偉そうなことを書きましたが(;^ω^)、今回は美術館で拝見しました。全部当時に刷ったリトグラフだと思います。やはりこれも現物を見ると、当時の雰囲気とか伝わってきて非常に良かったです。

 

 

↑、クロッキーのリトグラフもあったんですが、デッサン力はすごいんじゃないかと思います。あとはセンスですよね。食器とかのデザインなどのセンスも素晴らしいと思いました。

 

 

 

↑、油絵の現物などは1点もなかったです。大作も手掛けていますが、やはり広告などで、象徴的な一瞬を切り取るのが上手い人だと思いました。それが充分芸術に昇華している気もしますけどね。