ハロウィン |  ヒマジンノ国

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日本でハロウィンを祝うようになってどれ位か知りませんが、比較的最近のことだと思います。ハロウィンはキリスト教でない、異教徒の収穫祭という位置づけでしょうか。

 

しかし、古代これがケルト人のドルイドたちによる、生きた人間を生贄にする、1種の悪魔崇拝が起源である、ということでもあるらしく、個人的には好きになれません。

 

ハロウィン参加者の、骸骨メイクとかゾンビメイクなどを見ていると、本当に悪魔崇拝っぽいと思えますね。クリスマスなんかはもう仕方ないとしても、ハロウィンは本来日本と関係ないできごとだし、ほどほどにしたら良いと思います。

 

しかし一体誰がこんなものを広めたんだろうと思います。色々原因はあるんでしょうが、例えばウォルト・ディズニーもその原因の1つかと思います。

 

ディズニーを全面否定する気はないんですが、昔からディズニーは「文化的侵略者」とかいわれていて、最近では「MKウルトラ」という洗脳技術の一端を担っているともいわれます。

 

ディズニーが狙いを定めているのは「若い女の子たち」、といえるでしょう。有名人の中にもディズニーに関わっていた人たちが沢山います。ディズニーのTVシリーズに出演していたリンジー・ローハンや、マイリー・サイラス。最近ではベラ・ソーンとかですか。女性に「お姫様になれ」的なイメージを植え付けることに関して、ディズニーほどうまい会社はないと思います。しかしそれが行き過ぎると、ちょっとおかしな人たちが生まれます。

 

リンジー・ローハンは薬物で捕まり、3度の交通事故を起こしています。マイリー・サイラスはほとんど裸同然の衣装で舞台に上がる歌手になりました。ハンナ・モンタナの時のイメージとは全く違います。ベラ・ソーンもインスタグラムで裸の写真を公開したりしてますね。またポルノ映画の監督をやるとかいってますけど。大丈夫でしょうかね?

 

↑)お下品になったマイリー・サイラス。

 

↑)ベラ・ソーン。私服らしいです(;^ω^)。

 

ディズニーのMKウルトラについては比較的細かく解説しているユーチューブ動画などがありますね。一見道徳的で模範的ともみなされるウォルト・ディズニーですが、キリスト教圏のわりに「神」のことなどが作品に出てくることがなく、魔女とか魔法とか、そういった怪しいものの方が良く取り扱われていることには注意が必要かもしれません。ディズニー・チャンネルでは結構ひどい番組もやっています。

 

ディズニーを全面否定する気はないですが、そこには「裏の顔」があることを覚えておいた方が良いかもしれません。どっぷりつかれば「お姫様」より「魔女」になる、という印象です。

 

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さて・・・ディズニーやハロウィンの話からそれます。

 

マイリー・サイラスとかベラ・ソーンのことを書いていて思い出したんですが・・・。どうしても彼女達が売春婦のように見えて仕方ないんですけども・・・。

 

売春婦といえば、かくいう自分も、昔は外国のポルノばかり見ていたことがありまして・・・・・・(;´Д`)。恥ずかしい話ですが。

 

・・・さらに、ちょっと話はずれますが・・・。気になったので、突然ですが、人間の「性行為」について簡単に書いてみます。人間、自己顕示欲が強まると、「そっち」の方に流れていくかな、と思いまして。

 

・・・あくまで個人的な意見ですけども。

 

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<快楽主義者とは?>

 

上述の話と並列して書いておいても意味があるかな、と思うので書いておきます。少し哲学的?に書いてみます。

 

さて、自分が知る限りにおいて、性行為を「快楽主体」で見るか、逆にあくまで、個々人の「劣情」なり、「苦悶」の発散と見るかで人生の回転軸が違ってくるように考えています。

 

本来、人間の持つ、個々人における、他人にいえないような「劣情」なりを、「秘密」を共有して良い「愛する人」と共に解消する行為として、「性行為」を行えば良いのではないのでしょうか。

 

ところが「ポルノ」は性行為における「快楽」を主体にするために、その「快楽」の原因となる「劣情」とか「苦悶」を常に持っていなけらばならなくなります。

 

まあ、その辺が1番のポイントかな、と思っているわけですが・・・。

 

これは性行為の持つ性質の、ある一面の見方ですが、その行為の「快楽」は「劣情」や「苦悶」の発散のためにある部分があり反対にいえば、既に「快楽」は「劣情」や「苦悶」を発散している人には必要ない場合があるということです。

 

つまりポルノに関わらず性行為の「快楽」主体で生きる人間というのは、自然と「劣情」や「苦悶」を好むようになり、傍から見れば嫌な人間になっていくということですね(あくまで可能性として、ですが)。

 

自分から「苦しむこと」や、「いけないこと」を求めるなんてのは、おかしい人がやることですね。彼らはそれを「新しいこと」とか「カッコ良いこと」とかいって、人を騙すわけです。

 

そういう人と付き合うのは、普通の人にとってかなりしんどいかと思います。

 

人間が、このネガティブなサイクルにはまると中々抜け出せないかと考えています。だから、正常なサイクルに戻る必要がありますが、一旦はまった人には難しいかもしれません。

 

「性行為」をあくまで「目的」でなく「手段」と見ている人とは、違う人生観を持つようになるといっても過言ではありません

 

これを「堕落」、というのかな。

 

チンピラみたいになってしまうかもしれませんね。

 

こういうことって、人間の性格を作っている、根本にあることだと思っていますね。

 

さて、先に書いたマイリーサイラスとかベラ・ソーンとかを見ていると、どっか「快楽主義者」に見えてしまうのは自分だけでしょうか。本来自分は嫌いはないんですけども・・・。容姿の美しさや、セクシャリティーで他人に無理やり好印象をねじ込みますが、その内面の性格はどんなものでしょうか?

 

ちょっと切ないものがありますね。

 

しかし、世の中誘惑は多いですから、ハロウィンのことなどに関しても、ちゃんと自分で考えて、判断して生きていかなければならないということでしょうかね。

 

適当に流されて生きていると、阿保になっちゃうかもしれません。