僕は最近イタリア・オペラをよく聴いています。正直、クラシック音楽で、ドイツの音楽は聴きすぎて、心の中が少し擦り切れてきているようです。ですので今回は少しですが、数回分、イタリアのオペラについて書きました。
近頃はCDが安価になりまして、結構欲しいものが大量に手に入れられるようになりました。おかげで色んな音源が聴けて、人生が豊かになった気がします。
イタリアはオペラの宝庫です。ヴェルディやプッチーニをはじめとして、たくさんの作品があります。
そんなたくさんの作品の中から、個人的にイタリアのオペラの魅力を知ったのは、プッチーニからです。本質的に僕は音楽については甘党で、渋みの強いものはあまり好きではありません。
ですのでプッチーニは僕にはちょうど良かったわけですが・・・。まあでもその中にも苦手なものはありました。ですので、まずはそのあたりの事から書いていきます。
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・・・昼過ぎから二コラ・レッシーニョ指揮、ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団の「トスカ」を聴きました。音が良いので、部屋を美しいハーモニーに浸したいと思い、聴きます。
激情型の女性トスカを主人公にしたこのオペラはヴェズリモとグランド・オペラの性格を持つ、極めてドラマティックな音楽です。メインになる登場人物が3人とも死んでしまうため、僕は初めて聴いたときは相当な抵抗がありました。
劇における「悲劇」は、実際の現実におきる人生の苦しみと照らしあわされたとき、そこにはかなりの意義が発生すると思います。本当の悲劇が人生で発生したとき、劇などを見て、その大仰な展開と、そうならなければならなかった理由を知ることは、心理的な、人生の緩衝地帯となるはずだからです。オペラの場合、そこに美しい音楽が加わることによって、悲劇を、良い意味で美化できることが魅力でしょう。自分が悲劇の主人公だと思う人、あるいは、悲劇がおきたのは自分のせいだと思う人がいるのなら、問題はそれをどう受け止めるかということでしょう。悲劇的なオペラは中々受け入れずらい部分もありますが、それは建設的なつらさではあると思います。
そうして、オペラは「多くの場合」、まさに主要人物が、「どのように死ぬか」、が主要なテーマになります。人物の印象をしっかりと残すためには、主人公は出来る限り印象的な死に方をしなければなりません。結局、その人物の死が人間の生活を描く上での、根幹部分を表現していなければならないのです。でなければ中々オペラを聴いた人の印象には残らないのです。
しかしやはり・・・僕などは、「自分に関係ないと思える悲劇」は聴いていてつらいのは確かです。そして多くの日本人もそうなのではないでしょうか。
「トスカ」こそ、センチメンタルな要素が全くなく、日本人には理解しづらい部分が多い作品で、おそらく主人公のトスカに同調できる日本人は少ないかと思います。なぜなら、タイトル・ロールのトスカには、イタリアの女性の気性の激しさを表現したようなところがあるからです。その感触は明らかに日本人が持っている「女性」の観念をはみ出しており、特に日本人男性にでしょうが、トスカという女性像に対しては愛情がわきずらい、と思えるからです。
しかも、物語自体は完全な悲劇です。
・・・トスカの恋人、カヴァラドゥッシは脱獄犯アンジェロッティを助けたかどで警視総督のスカルピアに逮捕されますが、これが彼らの運の尽きとなります。好色のスカルピアは美しい歌姫、トスカに眼をつけ、恋人のカヴァラドゥッシの処刑を抵当に、俺の女になれと迫るのでした。
この曲には1953年に録音された有名な録音があります。指揮者をイタリアの鬼才ともいうべき、ヴィクトル・デ・サバータが、トスカをマリア・カラス、カヴァラドゥッシをジュゼッペ・ディ・ステファノが、そしてスカルピアをテイト・ゴッビが歌った、歴史的名盤です。
理解しづらい曲の場合はやはり名演を聴くべきです。
これこそ、スタジオ録音ながら破格の内容で、マリア・カラス、ディ・ステファノ、テイト・ゴッビによるファルネーゼ宮でのやりとりはちょっと現代の歌手には真似のできないものです。
この演奏を聴くとこの曲の内容が良く分かります。トスカとスカルピアの恐ろしいやりとりは白熱し、ついにトスカが激情に駆られ、スカルピアを刺し殺すまで息つく暇もありません。
サドマニアのスカルピアはトスカが反抗するたびに、欲情し、 燃え上がりますが、嫉妬心が強く、恋人のため、いざとなれば何でも出来る女トスカに殺されてしまうのでした。
この演奏には物語が悲劇へと突っ走っていく、内的な必然性を感じさせるものがあります。要は曲の内的な意味を穿っていて、表面的な演奏ではないということです。一度覚えてしまった曲なら外面的な演奏でも楽しいですが、理解が難しい曲の場合、やはりその曲の必然性を語る演奏が必要でしょう。
マリア・カラスやサバータという有能な人物がそろったからこそ、なしえた名演だと思います。
この曲を得意としたマリア・カラスは生涯に55回、この曲を歌いました。53年から54年にかけて録音された、「トスカ」、「ノルマ」、「ルチア」がマリア・カラスの世界的名声を形成するのに役立ったといわれていますが、まさにこれらの録音は、音が古いとはいえ一級品でしょう。
僕もこの録音を聴くまで中々この「トスカ」の意味が分かりませんでした。まさしく最高です。
おかげさまで「トスカ」も好きな曲の一つになったということです。
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今聴いているレッシーニョの演奏はトスカをミレッラ・フレーニが、カヴァラドゥッシをルチアーノ・パヴァロッティが歌っています。管弦楽の音色とか、歌手の声は美しいですから、まあ一応・・・ドラマ重視で聴かないときなんかに聴きます。
第三幕の初めの牧童の歌を含む間奏曲なんかはこういう音で聴いたほうが楽しいですね。
マリア・カラスもジョルジュ・プレートルの指揮でステレオ録音を残していますが、僕はあまり好みません。プレートルの指揮が癖が強くて抵抗があります。
他にもカラスの「トスカ」にはライヴ録音で良いものがあるらしいのですが、一度聴いてみたいと思っています。


