2005年公開、ピーター・ジャクソン監督による「キングコング」。
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僕は公開当時、劇場で観ました。
公開されてから随分経ちましたが、面白い映画で、僕は今でも名作だと思っています。
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ロードオブザリングで名監督の地位を不動の物としたピーター・ジャクソン監督が、作り出した現代版キングコング。
この監督は、もともと1933年に公開された初めの「キングコング」のファンで、いつかリメイクを作りたかったとのこと。
リアルなCGを多用し、迫力のある作品になった。
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舞台は1930年ごろのニューヨーク。世界恐慌を背景に生きる人々と、幻の島スカル・アイランドから連れてこられた哀れなキングコングの末路を描く。
主役は当然巨大なゴリラ、キングコングで、その存在感はなかなかだ。
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ストーリーは単純。
だから、複雑な話を好む人には退屈かもしれない。
ちょっとした怪獣映画みたいなものだ。
・・・恐竜がまだ生き残っている幻の島スカル・アイランドで、ジャック・ブラック演じる映画監督のデニムは自らの成功のため、島の生物を映像に収めようと躍起になる。
だが、そんな事も知らず連れてこられた船の乗組員と俳優達は、島で数々の恐ろしい体験をするはめに。
次々と襲いかかかる恐竜の生き残りや巨大な昆虫達。
生々しい映像と共に、精密でリアルな映像に身震いする。
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世の中には色んな物語がある。
平均的な物語から言えばこの物語は変わっているし、想像力に任せて書かれた内容は現代科学を無視している。
だけれどもこの作品は寓意に満ちていて、現代版フェアリーテイルなのだと思う。
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この映画は、物語が散漫で、取り留めのない作品に見える。しかし、物語の展開と内容は必ずしも、登場人物の行動やストーリーのラインだけにあるわけではない。
作品によっては内容が登場するキャラクターの象徴的意義から導き出される時もある。
むしろ、この「キングコング」という作品は考えようによって、一種のシンボリズム的な解釈が成立つと思う。
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この物語の中では、キングコングがナオミ・ワッツが演じる、女優の卵アン・ダロウをさらい、アンも最初はキングコングを嫌がるが、本能のまま暴れるキングコングの中に優しさを見いだしてからは徐々にキングコングに惹かれていくことになる。
そして、そのキングコングは荒々しいく抑制の効かない「自然」そのものを表しているかのようである。
その振る舞いは小さな子供のようで、身勝手で力尽くだ。
そこには一定のルールがあるものの、人間が簡単にコントロールできるものではない。
手付かずの自然の中に生き残ってきたキングコングこそは、自然の力を自らに現した、粗暴な存在なのだ。
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また、現代の映画は悪人と善人とがはっきりと別れがちだが、この映画は必ずしもそうではない。欲深い監督のデニムは確かにこの映画の悪役かもしれないが、そのセリフや振る舞いにはどこか愛情を感じさせるものがあり、完全に悪役だと割り切れない何かがある。
人間がまだ善とか悪とかいう概念に現代ほどうるさくない印象が、20世紀前半の感じを良く出している。
だが、それでもスカル・アイランドから連れてこられたキングコングは人々の欲望にさらされ、悲劇的な最後を迎える。
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自然はコントロールが効かないもので、時に無理やり従わす事もできるが、いざとなればいくらでも人間に牙を向く。
だが、言う事を聞かなければ、人はその自然を殺してしまうのだ。
そこにある唯一の救いは、アン・ダロウの示した、女性的な優しさだろうか。
とは言え、結局は人々の暴走になすべきこともなくキングコングを救えない彼女。
それでも人々を非難しきれない彼女の悲しい視線は、我々現代人を物悲しい気持ちにさせるに違いないだろう。










