交響曲とマーラー2 |  ヒマジンノ国

 ヒマジンノ国

ブログの説明を入力します。


長谷磨憲くんち-mahler1


マーラー交響曲6番。ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。

_________________________


ノイマンは張りのあるリズムと練られたチェコフィルの音色でもって、有機的にこの曲を再現している。英雄が戦いに敗れ死ななければならないという、悲劇的内容の曲だが、ノイマンの演奏なら気持ち良く聴きことができる。


曲の内容も充分えぐられている。

_________________________



長谷磨憲くんち-mahler4

マーラー交響曲7番「夜の歌」。レナード・バースタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモ二ー管弦楽団。

_________________________


一連の哲学的な曲の最後を飾る曲。暗い内容で、聴衆、また、評論家ともども余り好まれない。

ただ、夜をテーマにした交響曲は珍しく、第2、第4楽章に「夜の歌」と名付けられた叙情的な曲が入る。


生前のバーンスタインはマーラー演奏の真打的存在で、この曲でもカロリー満点の迫力ある演奏を聴かせてくれる。曲にのめり込んで、音楽を目いっぱい広げてみせるのはいつものレニー節だろう。

_________________________



_________________________


<不安の音楽とその結末>


自分の人生をわざわざ悲観的にみたいと思う人はほとんどいないだろう。


だが、人間には妙な側面がある。


ある病気を研究している人が、研究のしすぎで本来「いらないはず」の病気を好きになってみたり、あるいは、常に安心感を得たいがため、物事の最悪の側面を考える事で、自分を納得させてみたり・・・。


実際の日常生活の中で必要なものとそうでないものの区別はつきにくく、それは本人のはっきりとしたビジョンがない時にはより著しい。

_________________________


マーラーは1902年に22歳も年下である、社交界の花形であったアルマと結婚。本人はウィーンの宮廷歌劇場の監督を務め、公私ともに順調であった。


しかし、1901年から1905年までに完成させた5番、6番、7番という交響曲の内、この6番は常識的な交響曲の理想から外れ、悲劇的に英雄の死を描いている。

ベートーヴェンが完成させた交響曲の理想からすれば、交響曲は人生に対する建設的な要素を含むもの、あるいは苦悩を乗り越え、やがてはその苦しみを克服する、という内容のものであるはずだった。


だが、マーラーはこの曲でまるで、あえて、と言わんばかりの印象でもって、その逆の内容を書いてみせる。戦える英雄は最終楽章で、二度ハンマーで殴られ、三度目の打撃でもって死んでしまう。

_________________________



_________________________


また、同じ頃の1901年から1904年にかけ、自分の子が死んでもいないのに、彼は「亡き子をしのぶ歌」をいう曲も作曲している

_________________________


何故幸福だと思われる時期にその幸せを享受しないで、こうした悲劇的な曲をマーラーは書いたのか・・・?


それは結局マーラー本人にしか分からない。


だが、厳格で芸術至上主義者だったマーラーが、現実生活にそっぽを向き、あまりに芸術にのめり込み過ぎたせいで、頭でっかちになり過ぎたことは考えうる事ではある。

_________________________


そして、これらの曲を完成させた後の1907年。


幼いマーラーの長女マリア・アンナは猩紅熱とジフテリアにかかり他界、その看病に疲れた妻のアルマも倒れてしまい、マーラー本人も心臓の疾患を医師から宣告される。


それはまるでマーラー自身の心配が引き寄せた、悪夢のような出来事であった。