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わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

わたしが取り組んでいる瞑想は、音楽を聴いて行うもの。

今日はこれ、UAの甘い運命。




女性にとって、あ、もちろん男性にとってもだと思うけれど、愛し合うことって大切。

気持ちが満たされるのって、やっぱり、一方通行で愛するときじゃなくて、愛し愛されるときがいちばんだよね。

もっと心を開いて、愛を受け取ろう。

そして、自分も愛をいっぱい与えよう。


愛を循環させればさせるほど、どんどん豊かになっていくような気がするな。
今日の瞑想のお供は、これ。

椎名林檎の罪と罰。



もっと見てほしいんだ、わたし。
もっと触れてほしいんだ、わたし。


女性性の特徴のひとつは、見られること、らしい。


見られることで、女性性は満たされるんだね。


自分の容姿に自信がないから見られるのもいやで、人の後ろに隠れてた。
そんな行為そのものが、女性性をないがしろにしていたんだなあ。


もっともっと目立つことを許可しよう。

もっともっと見てもらおう。

そして、もし、綺麗だねって言われたら、遠慮しないで受け取ろう。
まだ、わたし以上でも、わたし以下でもなかったころ。

ただ、わたし、でいれたころ。


そのころは、どんなココロで生きていたんだろう。


小3になって、通知表(そのころは通信簿って呼んでたな)が初めて5段階評価になった。

夏休みに入る前に、初めて、5段階評価の通信簿をもらった。


なんとびっくり、オール5!


といっても、当時は相対評価だったらしいし、田舎の、塾もないようなところだったから、普通に宿題とかをやっていればそれだけの成績はとれるものだったと思う。



小3といえば、まだ、わたしそのものだったはず。


近所のおばさんから、

「通信簿どうだった?きっとオール5でしょう?」

と聞かれたわたしは、

「うん!」

と答えたのだ。


「なんだ、この小生意気な子は!」

そう思ったのかもね、あのおばさん。そう近所中に触れ回ったのだと思う。


その数日後、母から、外で余計なことを言ってはいけないときつく叱られた。


内気でお母さん連中と打ち解けることがなかった母。きっと、いたたまれない思いをしたのだろう。


あれがきっかけだったのだと思う。

ほんとうのことを言ってはいけないと知った。


また、自分は、自分のことを卑下しないといけないと勘違いしてしまったのも、あれがきっかけだったと思う。


褒められても素直に受け取ったらいけない。

この思い込みも、ここから派生しているのかな。


わたし以上でもわたし以下でもない。


そんなわたしを、もう一度生きてみたい。