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わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

私が子どものころの家族構成は、

祖父 祖母 父 母 私 弟

の6人家族。



気の強い社交的な祖母に対し、おとなしく内気で意固地な母。


母と祖母の戦いは、子どもの私にしてみたら、それはそれは凄惨なものだった。


多少悪気もあったと思うけれど、祖母の何気ないひとことを聞き流すことができない母。

いじめられた、いじめられたとますます内にこもり、いじけるという、悪循環。


きっと、おおらかなひとだったら、

「あ~、また言ってるわ、困ったもんね」

なんて、軽く流すことができるのかもしれないけれど、母はそういうタイプではなかった。


母も祖母も好きだった私にとって、どちらにもよい顔をするという処世術は、幼すぎて持っているはずもなく。。。


どちらかというと味方がいなくてかわいそうな母のほうにつくことが多かった。

なるべく祖母のほうに近寄らないとか。

母の前では、祖母と口をきかないとか。

子どもなりに、そんなことに気を配る毎日だった。


天真爛漫に生きられるはずの子ども時代を、そんなふうに気を遣って生きてきてしまった代償は結構大きい。


周りの顔色をうかがって、なるべく波風の立たないように、先回りしてふるまってしまうのだ。



これは、友達関係にしてもそう。もちろん、恋愛においても。

相手が嫌がるだろうと思うことはしない。
自分が嫌だなと思うことも、ある程度は、我慢してしまう。

そんなちょっとした無理も、無理だと思わないくらいにもうすっかり麻痺してしまっている。


自分はどうしたいの?


その前に、

周りの人が怒らないように、傷つかないように。
あの人にも言い分があるから。
自分が我慢して丸くおさまるなら、我慢しとこう。

そんな思惑が邪魔して、ほんとうにしたいことがわからなくなってる。


自分自身の生きる道もそう。



大人になってからも、ずうっと、そんな毎日が続いている。




何年前のことだったか。。。

正確には覚えていない。


35歳くらいのことだったかと思うけれど、正確じゃない。


如月マヤさんのアカシックレコードを見るセミナーに参加した。

マヤさんのプロフィールをこちらで発見 → 

自分は何をするために生まれてきたのか。
自分の使命はなにか。

そういった疑問に答えてくれるのが、アカシックレコード、いわゆる宇宙の図書館。

その、アカシックレコード、自分の使命も記録されている。

マヤさんのセミナーでは、魂にふれるワーク、なるものを受けた。


私たちは、それはそれはとてつもないエネルギーを持って生まれてくるらしい。

今世ではこんなことをしてみよう。
こんなことをやってみよう。

そんなエネルギーに満ちた状態で生まれてくる。
その生まれ落ちる状態こそが、魂の本質。

それを、魂にふれるワークを通して感じてみる、というもの。


マヤさんの先導にしたがってワークを行ってみる。


と。。。

私が感じたのは、



「私は、人を愛したいし、愛されたい。愛に満たされたい」

という思いだった。


いつのまにか、瞳からはぼろぼろ涙があふれていた。
それはそれは、ありえないほどに。


ああ、私は、今までほんとうに人を愛したことも、愛されたこともないのだな。

そう思った。


どこかブレーキをかけなきゃいけないとか、受け取ってはいけないとか、手放しで愛し愛されたことがないような気がした。

だからといって、じゃあ、どうしたらいいんだろう。



マヤさんは、

一度、魂に触れたら、もう、今までのあなたのままではいられない。エネルギーが変わってしまうのだから、という内容のお話をされていたことが記憶に残っている。


はたして私は変わっただろうか。


相変わらず、はじめの一歩を踏み出せないままのような気もするけれど。
いきあたりばったりの結婚について、前回書いたけれど、できちゃったからでもある。

だから、「流れ」なのかな~。