わたしは愛される価値がある -11ページ目

わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

夫の出会い系遊びが続くことで、ちょっとした心の闇を抱えた私。

どこかでその悲しさや虚しさをぶちまけたい!

でも、どこにも言えなかった。

なぜって、いかにも「愛されていないオンナ」という存在ですって言っているみたいでかっこ悪かったから。。。

幸せそうな自分を演じていたかったのかもしれない。


学生時代からの親友に告白したのも、ずいぶん経ってからだった。





自分で決めた結婚。
その責任は全部自分にあると思っていた。


そうは言っても、やっぱり頭と心は別物。

無性にイライラして、子どもたちに八つ当たりをすることもあった。


私は、やっぱり誰にも愛されないんだ。


結局、戻ってくるのはここ。


仲の悪い両親のようにはならないぞ。
そうしようと思えば思うほど、私が我慢すればなかったことにできるんだから……って、かなり無理していたなあ。


のちに感じることになる魂の本質とは、到底かけ離れたところにいた私。


自分を裏切ってきたのだなあと、今は、とてもよくわかる。


独身時代は、まーったくお気楽な毎日だった。

仕事に熱意があるわけでもなく、根っからの器用貧乏なところも手伝って、それほど頑張らなくても普通にこなすことができた。

だから、もっと頑張ろうとか、もっとこうしたらよいのでは、とかの向上心はまるでなくて。

もちろん仕事のことで悩むことはあっても、他の人から見たら、別にたいしたことないじゃん、程度のものだったと思う。


そんな私が楽しいと思えるのは恋愛だった。
趣味は恋愛ですっていうくらい。あ、言ったことないけれどね。

そして、結婚して、子どもが生まれ。

幸せなはずの結婚生活も、夫の女遊びでいまいち満たされない思いを抱えるようになってしまった。


そのころからだと思う。

なにか学びたくて仕方なくなったのは。

もしかしたら、恋愛できない心の隙間を埋めたかったのかな、何かに熱中して。

それもあるけれど、ほんとうは満たされてる(と見える)はずなのに、心はからっぽ、そんなひと、ほかにもいるよね?力付けてあげたいよね、というところから。
そしてそれを探る道は、ほかならぬ自分を癒すためになると思ったから。


でも、自分は何が好きなのか、本当のところがわかっていない私。
学んでも学んでも、どうもこれ!という気分になれない。

そして、また、次のものを学ぶという繰り返し。


もちろん、学んだものは、興味のあるものばかり。

ヒーリング。
フラワーエッセンス。
パーソナルスタイリスト。
イメージコンサルタント。
パワーストーン。
タロットカード。
占星術。


学んだための費用を子どもの教育費につぎ込んでいたら、今頃成績で悩んでいなかったかも(笑)


それでも、からっぽな自分を埋めなきゃ、という衝動に逆らえなかった。


ほんとうはわかってる。

これ!という気分になれないのではなくて、一歩踏みだすのが怖いから。
同じクラスで学んだ仲間が次々と企業していくのを横目に、やっぱり無理だよねっていじけてる。


どうせ自分にはできない、そうやって、また、かわいそうなわたしの慣れ親しんだ場所へとどまろうとしているんだって。


学びはじめた理由は、私と同じような、からっぽな自分を少しでも埋めていこうと思ってるひとを、応援したかったからなのにな。
女のカンって、ほんとにすごいと思う。

第六感って言ったらいいの?


あ、変だな?
あ、なんかおかしくない?
あ、いつもと違う?

こんなふうにピンとくること、ほんとによくある。


そして、往々にして、そのカンは当たっていたりする。


たとえば、

「あれ? なんか変、今日、ほんとに仕事だった?」

と思うことがあり……


あとで子どもがイタズラで夫のバッグから勤務表を引っ張り出してきて、ふとのぞいたらやっぱりその日は休んでた、とか。


夫ネタじゃないけど、つきあってる彼がなんかあやしいと思ったら、私の友人にも手を出していた、とか。


知らぬが仏とはよくいったもので、ほんとうにそうかも。


知らなければ。。。

幸せなのかな?

う~ん、微妙。