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わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

ブログを書き始めたのはいいけれど、思っていることをうまく言葉にすることが難しい。

ほんとにほんとに、心の中に湧き上がる気持ちを伝えるのって、なんて難しいんだろう。



ちょっと話が逸れるけれど、占星術で言うと、私の水星はうお座にある。
水星は、コミュニケーションとか知性の象徴。書く、話す、それから論理的かどうか、などを表す星。

それが魚座ということは、情緒的で論理的思考が苦手。

これはとっても当たってる。

自分でも論理的思考が全くできないの、わかってる。

だから、人に説明するのとか、とっても苦手。
勉強なんかも、自分ではわかっていることを、上手に説明することができない。

それだけじゃない。
感じていることを人に伝えるのも苦手。

言葉では伝えきれないことばかりで、もどかしさを感じることがなんて多いことか。
ケンカなんかしたら、言いたいことが出てこなくて、代わりに涙ばかりあふれてくる。

そんな水星魚座は、ダンスや絵画などの芸術を使って思いを表現することがオススメらしい。


でも、そっちの才能もあるとは思えず。


あ、そうそう、こうやって話が逸れちゃう(笑)

そういうことで、自分の思いを言葉にするのがとっても大変だけれど、がんばってみよう。
伝えたい思い、たくさんあるから。



私が育った家は、地元の旧家で、父も地元密着の仕事をしていた。
明治生まれの祖父は、当時にしては珍しく大卒。
そして、父は、小学校の入学式や卒業式、運動会なんかも来賓で呼ばれるような立場。

そんな状態だから、特に祖父、祖母は旧家という意識があったし、両親も世間体を気にする人たちだった。そして、幼い私はそのことを敏感に察知していた。


幼いころは、こっちは知らなくてもあっちは知ってる、というふうに、大人のひとから「○○さんちの○○ちゃん」って声をかけられることも多かった。


親に黙って遠くに遊びに行った日は、
「なんであんな遠くまで行ったんだ!」
と怒鳴られる。

なぜ親が知っているかというと、お客さんがチクるから。チクるというつもりは全然ないのだろうけれど、「○○ちゃんのこと、あそこで見かけたわよ」という感じで話題にしてしまうのだろう。

年頃になって男の子と二人で出かけたりしたらもうばれている。田舎だし、狭い世界だし。


そんなこともあり、成長するにつれ、うちは、とにかく世間体が第一なんだなって、はっきり理解するようになると、また先回りして、いい子にするクセがついた。


そうしないと、父が母のことを怒るからだ。
「お前の育て方が悪いからだろ!」って。
父だけじゃない、祖母も母にチクリと痛いことを言う。
「これだから学のない嫁は。。。」って。

母と祖母の戦いについて、前にも書いたけれど、そのきっかけが自分になることは、子ども心にどうしても避けたいことだった。

のちに、アダルトチルドレンという概念を知り、あ、まさにわたしのことだ!と思い当たった。

アダルトチルドレンにもいくつかタイプがあるのだけれど、私は、まさにこれ。

★wikipediaから引用

ケア・テイカー(世話役):親や周囲の面倒を見てきたタイプ[編集]
外面 - 優しい子、思いやりのある子、聞き上手
内面 - 自信のなさ、責められてると感じやすい 、正当な欲求を押し殺す
言動 - 周囲の役に立つように頑張る、困っている人を放っておけない
弱点 - 自分がない、一線を引けない、依存されることを追い求める
長所 - 努力家、責任感、道徳感に秀でる、世話見がよい
自分への言葉 - 感受性が豊かで他人の痛みに共感しやすく、いつも自分の欲求を二の次にしてきませんでしたか?
・自分のことを真っ先に考えていいのです。自分のことを優先するのは自分勝手ではありません。
・自分自身に焦点を当ててみましょう。「私は何がしたい?」「今どう感じている?」と自分に聞いてみましょう。
・無邪気に遊ぶチャンスをつくりましょう 。






ほぼ完ぺきにあてはまる。
家族が平和であるために、子どもなりに気を遣ってきたんだなあ。
よく頑張ったね、私。

自分の中にいるであろう幼い私に、そう声をかけてあげたくなる。



持って生まれた性格も、成長の過程でその輝きが消し去られてしまうことがある。
そうやって本来の姿を押さえつけるようになると、なかなか元に戻れないのだと思う。

だって、怖いから。
慣れ親しんだ性格のクセみたいなものを、急に捨てるのはやっぱり怖い。

でも、偽の自分を生きるのもつらい。もやもやもやもや、こんなんじゃないのになって、煮え切らない毎日を送るのって、ほんとうにつらい。


そんなわけで、アダルトチルドレンについての書籍も読み漁った。


3人の子どもを育てている今、親の言動や夫婦のあり方が子どもに与える影響は計り知れないって実感している。



いかなる環境で育ったとしても、また、人はそれを乗り越えていく力もあると信じているけれど。
もう10年以上前になると思う。

雑誌FRAUに、スピリチュアルカウンセリングというページがあった。
担当していたのは、大槻麻衣子さん。前世療法の世界的権威であるブライアン・L・ワイス博士に、日本人として初めて師事を受けたという人物。

ヒプノセラピーを使っての人生相談といった内容で、育児の合間に雑誌を読むことを楽しみにしていた私にとって、そのコーナーは欠かさずチェックするところだった。

とても興味を持った私は、ブライアンワイス博士の著書もすべて目を通した。そして、ますます面白い世界があることにわくわくした。


私もヒプノセラピーを受けてみたい!

ある日、どうしても大槻麻衣子さんのところに行ってみたくなった。

3人の幼子を実家に預け、学生時代の友人と集まることになっているから、とウソをついて出かけた。かなりのハードスケジュールだった。


大槻さんの予約を取ることは難しく、他のセラピストさんのセッションを受けることに。
確か、金額的にも大槻さんより安かった記憶があるけれど……。

でも、その方ご自身もアカシックリーディングができたので、自分で前世を見ることができなくても安心だな、と思って、その方にお願いすることにした。

この時点で、自分には見ることができないと感じていたのかも。


案の定、催眠の誘導をされても、閉じた瞼の裏はただただ真っ暗なだけで、何も浮かんでこない。

「足元を見て。どんなものを履いていますか?」

そう言われても、真っ暗なまま。


しばらくたっても変化がないので、セラピストさんが、私の前世をリーディングすることになった。


私の前世がどうだったかはさておき、ふ~ん。。。って感じ。

思い当たる節がなくもないけれど、劇的に何かが改善されるかと言ったら、そんなことはない。

やっぱり自分で見ないとダメなのかなあ。


ここでも、どうせ私にはできない、という信念みたいに強力な何かが邪魔をして、催眠状態に入ることすらできなかった。



以前マヤさんのセミナーについて書いたけれど、実はあれにはもうちょっとおまけがある。

みんなで自分のアカシックレコードを読むというワークをしたとき。そのときも、私は何も見えなかったのだ。
大槻さんのところでダメだった経験もあったし、きっとまたダメだろうってはじめから思ってた。

何も見えないという私に、マヤさんは、

「自分のことが許せないから見えないのよね」

と、ひとこと言った。

それは、「人に愛されたい、愛したい」という魂の本質に沿った生き方をしてきていないからということ。


あのときは、マヤさんのことをなんて冷たいんだと、ちょっと恨んだりもしたけれど、こうして振り返ると、すごいヒントをもらっていたのだなあって理解できる。



自分のことが許せない。。。

許せないようなことをしてきているんだなあ。。。


このもやもや。生ききっているという手ごたえのなさ。

その理由も、今ならわかる気がしている。