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わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

家事育児をしない夫


確かに、結婚当初から進んで家事をするタイプではなかった。
でも、これ、私の態度次第では、家事育児に参加してくれる夫になった可能性もある。


私にも責任があるって、そう理解してる。


産休明けから、第一子を保育園に預けて職場復帰した。
公立の保育園はもちろん空きがなく、民間の保育園。
15年前の当時、月に7万円ちょっとの保育料。高いっ。それでも、全く貯蓄もなく結婚してしまったため、働かないといけなかった。

いきあたりばったりの結婚だったし。社会人2年目の年下の夫。お給料っだって微々たるものだった。


第一子が0歳児時代の毎日は、前に投稿したとおり、こんな感じ

バタバタ慌ただしいながらも、見た目は幸せそうな毎日。

そんな毎日に、ちょっとした変化が訪れる。

夫が転職したいと言い出した。
転職したいというよりは、地元に戻りたいという気持ちが大きかったみたい。

1歳になったら公立の保育園に移れることも決まっていたけれど、そこは、夫の希望を受け入れて、私も退職し、引っ越しすることにした。

すでに私のおなかには第二子が宿っていた。


お金の心配は引き続きあったのだけれど、そこで反対しても仕方がないと思っていた。



結局夫は地元で新しい就職先を見つけた。
引っ越し先は夫の実家と同じアパート。夫の実家が2階で、ちょうど空きのあった1階の一室に住むことになった。

築30年はとっくに過ぎていると思われる2Kのアパート。
義父母が結婚当初から住んでいるというアパートだから、ほんとうに古かった。

思いがけず急に義父母と同居(でもないけれど)することになり、私はとっても困った。まったく知り合いのいない土地で、急に義父母に監視されているような感じで、仕事もなくなってしまって……。

自分の存在価値は、家事と育児を頑張ることしかない。
よい嫁だと思ってもらいたい。
そして、母と祖母の戦いにうんざりしていた私は、自分は絶対に義母と仲良くするぞ。認めてもらうぞ。


そんなふうに思ってしまった。
かなり夫を甘やかしてしまったと思う。



そして、夫は、ますます家事育児に参加することなく、仕事が忙しいということを理由に家に寄り付かなくなった。







育メンばやりの近頃。

保育園にしても小学校にしても、行事に参加するお父さんのなんて多いこと!
FBを見ても、お父さん自身が子どもの成長を楽しみに参加していることがよくわかる。

そして、中学になっても、入学式に参加するお父さんが決して少なくないことにびっくり。


うちの夫は入学式も卒業式も参加したことがない。
興味がないから、いつ?とも聞いてこない。

一度、土曜日の授業参観に連れていったら、参観中に居眠りする始末。

めんどくせ~って雰囲気を出しまくっているので、もう、一切誘わなくなった。


家事についても全く同じ。

それでもまだ、子どもが第一子だけだったころは、お願いすればやってくれた。
お願いすれば、だから、自分からは絶対しないけど。共働きなのに。

それも、洗濯物を畳んだり、ゴミ出し程度。

よく、夫に家事を手伝わせるマニュアルなんかに、オトコは言わなきゃわからないから、○○をやって、とちゃんと伝えること、とある。

でも、お願いして嫌な顔をされることが続くと、こっちもなんだかお願いするのが面倒になってくる。

あんな顔されるなら、自分でやったほうがましかもって。


自分の言動で、人が不快な気分になるのがとてもイヤだから。

それなら、自分が我慢すればいいか。。。いつものアレがやっぱり出てくる。
前に、世間体を気にする家に育ったことを書いたけれど

田舎にしては、わりと恵まれた暮らしだった。

それは、もともと恵まれていた上に、母親が家計簿をしっかりつけて堅実に暮らしていたことも大きい。母の実家は農家で、そんな堅実な暮らしが身についていたみたい。

一方で父は、もともとの割と恵まれた暮らしがふつうだと思っている節があって、私たち子どもにも、お金を与えておけば悪いことはしない(たとえば万引きとかね)という考えだったように思える。

「お金をあげること=愛情」というような。

といってもすごく贅沢をさせてもらったわけでもなく、友達と比較してやや多いか、という程度だけれど。


それでも、お金をもらうよりも、

私のことを大事にしてほしい。もっと優しくしてほしい、愛してほしい。

と思っていた。


だからかな。

お金があっても幸せじゃない。貧乏でも愛があるほうがずっといいことだ。

いつしかそんな信念が育ってしまったように思う。
「貧乏=愛」みたいな。


結婚して、共働きを続けなくては成り立たない家計に身をおいて初めて、お金のありがたさをしみじみ実感した。

実家にいたころは、恵まれていたんだなあと。

愛よりお金。それはどうかと思うけれど、愛だけでは実際に生活が立ちいかない。

それ以前に、愛のある結婚生活は破たんしている。



愛のない結婚生活の中、3人の子どもを抱えフルタイムで働いて。
なんだかあんまり幸せじゃないね、どう考えても。




「お金<愛」という考え方は正当だと思う。

でも、「貧乏=愛」という妙な勘違いをしている私のお財布が、豊かになることはなかった。

これもある意味、引き寄せなのかな。