ワイタンギ条約を結んだのに~
イギリスとマオリ族によって結ばれたワイタンギ条約ですが、世界中で百戦錬磨していた大英帝国。
そう簡単に問屋は卸しません。
大量に移民がやってきたこともあり、どんどんマオリ族の土地が侵食されていきました。
ワイタンギ条約は、英語とマオリ語双方の言葉で書かれましたが、翻訳が下手だったせいかそれぞれ解釈が違った内容となってしまったようです。
英語版では、自分達に有利なように都合よく解釈したんだろうなぁ・・・。
それが一つの要因としても、世界各地を植民地化していた大英帝国のことですから、好き放題やっていたことでしょう・・・。
そして、高まるマオリ族の不満は、1860年マオリ戦争という形を迎えてしまいます。
どうなってしまうの、マオリ族!?
ワイタンギ条約で仲良くね
キャプテンクックがやってきて以降、ニュージーランドの存在が広まるとヨーロッパからいろんな人がやってきました。
貿易の商材を探しに来たり、宣教師がキリスト教を広めに来たり・・・。
秩序のない状態だっただけに、マオリ族も大変!
小競り合いも多々あったことでしょう。
そこで・・・
マオリ族が、ヘルプコールをしたのが当時のイギリス女王ビクトリア。
1840年2月6日、ニュージーランド北島のワイタンギ(Waitangi)にて、イギリス政府とマオリ族首長たちの間で条約を締結。
これにより、マオリ族の土地所有権や森林権、漁業権を認める代わりに、ニュージーランドの主権をイギリスに与えることとなったのでした。
このニュージーランド建国の基礎となったワイタンギ条約を記念して、現在2月6日はWaitangi Dayとして祝日となっています。
キャプテンクックもやってきた
オランダ人の探検家タズマンがニュージーランドを発見してから約100年の時を経て、次にやってきたのがイギリス人探検家ジェームズ・クック。
いわゆるキャプテンクック(クック船長)です。
1769年の10月、エンデバー号に乗ってはるばるやってきました。
キャプテンクックは、ニュージーランドの周りを巡り、北島・南島に分かれていることを発見したりして、海岸線の詳細な地図を作成しました。
(北島と南島の間はクック海峡と名付けられました)
その後も2度目(1773年)、3度目(77年)と訪れ、ニュージーランドの存在を世に知らしめたのでした。
ただキャプテンクックは3度目の航海の時に、ハワイで殺されちゃったのでした。
イギリスからニュージーランドって、飛行機でも丸1日掛かるのに、当時 船でどれくらい掛かったのでしょうね?
しかも3回も訪れるなんてすごい探険家魂ですね。
オランダ人がやってきた
約1000年前に、Aotearoa(マオリ語でニュージーランドのことです) に棲みついたマオリ族の人々。
平和に時を過ごしていました。
ところが1642年、とある契機が訪れました。
オランダ人がやってきちゃったのです。
やってきたのは、オランダ人探検家 Abel Tasman (エイベル・タズマン)。
タズマンは、ジャワ島から船でやってきて、まずはオーストラリアを発見!
(このため、タスマニア やタスマン海という呼び名が名付けられました。)
その後、ニュージーランドの南島まで足を延ばしてやってきました。
タズマンはマオリ族と友好関係を結ぼうとしたのですが、残念ながら友好関係は結べずタズマンは乗組員を数名失って、そのまま帰ってしまいました。
マオリ族にしてみれば、いきなり訳のわからない人たちがやってきて、友好関係と言われても(恐らくその意味すら通じてなかったでしょう)抵抗するのは当たり前ですよね。
のちに、タズマンによって発見された島は、オランダのベルギー国境近くのゼーラント地方 にちなんで、 Nieuw Zeeland (英語読みするとニュージーランド) と名付けられたのでした。
マオリ族ってどこから来たの?
マオリ族って、元からニュージーランドに住んでいたわけではないようです。
どこから来たのでしょうね?
その姿から見てなんとなくポリネシア系だろうなってことはわかるのですが・・・。
マオリ族の伝承によると、どうやら約1000年前 Hawaiiki と呼ばれる土地からカヌーでやってきたことになっています。
(その頃 日本は平安時代ですね)
その後の研究によってクック諸島 かタヒチ の辺りからやってきたようですが、はっきりしたことはわかりません。
抜群の航海術で太平洋を渡り歩いていたポリネシアンのことですから、もしかしたら存在自体はずーっと昔からわかっていたのかもしれませんね。
マオリ族がニュージーランドに初めてやってきて誰かに会ったという話しはないようなので、ニュージーランドは無人島だったのかな?
熱帯の島々に住んでいた人たちですから、ニュージーランドはちょっと寒くて定住してなかっただけとか・・・(?)
まだ”ニュージーランド”という呼び名もない島は、はるばるカヌーで海を越えてやってきたマオリ族によって、Aotearoa (白く長い雲の土地)と名付けられました。
こんな感じかな?
そういうわけで、ここからニュージーランドの歴史が始まるのです。
Kia Ora
"Kia Ora"(キアオラ)は、マオリ語でこんにちは!とかはじめまして!の意味を持つ挨拶の言葉です。
ニュージーランドの先住民族「マオリ族」伝統のボーンカービングペンダント紹介する【マオリの風】
でもその前に・・・
マオリ族のことって知っていますか?
社会の授業でそんな名前が出てきたなぁ・・・ってのが正直な認識(?)
マオリ族のこと、ニュージーランドのことも紹介していきますね。
とは言っても自分も色々調べつつなので、間違いなんかがあったら、遠慮なくご指摘下さい♪
マオリ族は、ニュージーランドの先住民族ですが、その数はニュージーランドの人口(388万人)の約1割程だそうです。
昔は白人との対立の歴史(この辺は改めて詳しく)もありますが、今はみんな仲良し。
白人とマオリ族、お互いを尊重しつつニュージーランドという国が成り立っています。
そしてマオリ語も英語と並んでニュージーランドの公用語として認められています。
ちなみに"maori"とは、”人間”とか”土地の者”というような意味だそうで、白人との歴史の中で”マオリ族”という民族名を表すようになってきたとか。
マオリ族、そしてニュージーランドはどんな経緯を辿ってきたのでしょうね。
