国東には、こんな言葉が伝わっています。
「鬼すら仏になった地」
初めてこの言葉を聞いた時、
私は胸が震えました。
荒ぶる鬼でさえも、
この地の深い霊性の中で
仏へと変容していく。
人は変われる。どんな人も、変われる。
曾祖父・鎮白さんが
戦場から手のひら療治の道へ転じたように——
この国東の地は、
ずっと昔からそのことを知っていました。
六郷満山——1300年の祈りの山々
奈良時代の718年。
仁聞菩薩がこの国東半島に降り立ち、
28の霊場を開いたといわれています。
それが「六郷満山」の始まりです。
六郷とは国東半島の六つの郷のこと。
満山とは山全体が寺院であるという意味。
最盛期には65の寺院と800を超える坊があり、
修行僧たちが山々を駆け巡っていたといわれます。
今も苔むした石段を登れば、
そこには静かに手を合わせた石仏たちが並んでいる。
1300年の祈りが、
石の中に染み込んでいるような場所です。
神仏習合——神道と仏教が溶け合う場所
明治時代の神仏分離令によって、
日本中の多くの場所で神社と寺院は分けられました。
でも国東には今も、
神社と仏閣が自然に寄り添っている場所が残っています。
鳥居をくぐると、その奥にお堂がある。
お寺の境内に神様が祀られている。
これが「神仏習合」——
神道と仏教が分かれる前の、
日本本来の信仰のかたちです。
京都にも奈良にも鎌倉にもない。
国東にだけ残っている、日本の心の原風景。
修正鬼会——鬼が仏になる奇祭
国東には「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」という
日本最古の火祭りが今も続いています。
松明(たいまつ)を手にした鬼が登場し、
人々の罪や穢れを払い清める。
そして最後に鬼は仏へと帰っていく。
鬼は悪者ではなく、
人間の心の荒ぶる部分を体現した存在。
その鬼でさえも仏になれる——
これが国東の深いメッセージです。
今の社会に荒ぶるものがあるとしたら、
それもまた変容できる。
この地に来るたびに、そう感じます。
宇佐神宮——全国八幡宮の総本社
国東のすぐそばには、
全国に4万社以上ある八幡宮の総本社、
宇佐神宮があります。
725年創建の古社で、
神仏習合発祥の地ともいわれています。
伊勢神宮・石清水八幡宮と並ぶ
日本三大神宮のひとつ。
国東を訪れたら、ぜひ宇佐神宮にも足を運ばれる事をお勧めします。
GIAHS——世界が認めた里山(世界農業遺産)
国東はさらに、
国連食糧農業機関(FAO)が認定する
**世界農業遺産(GIAHS)**の地でもあります。
山の上の溜め池から田んぼへと水が流れ、
その水が里へ、海へとつながっていく。
人と自然が1000年以上かけて作り上げた
循環する里山の仕組みが、
今も生きているのです。
曾祖父の墓がある地——中津・合元寺
そして私にとって国東は、
もうひとつの深い縁がある場所です。
第一章〜三章でお話しした
曾祖父・江口鎮白のお墓が眠る
中津・合元寺も、この豊前の地にあります。
傷のある場所に、癒しの人は還る。
百年の物語が、
この地に流れ込んでいる気がしてなりません。
次回は「関係人口という新しい故郷の持ち方」について、
もう少し深くお話しします。
続きはまた明日🌿
えぐちまお(江口麻緒)
次回予告:第八章④「移住じゃない、ふたつの故郷が日本を救う」
─ 関係人口という新しい地域との関わり方 ─
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