スタインウェイ販売店では(多分、マーケティングの一部として)年に何度か「スタインウェイ・アーティスト」を呼んでのミニコンサートとその方を先生とするマスタークラスをやっている。年に二回無料でスタインウェイのリサイタルホールを使わせてもらうには、こういったイベントに年3回参加しないといけない。ミニコンサートもマスタークラスも無料だし、マスタークラスは色々勉強にもなるから、私も他に用事がない限りは参加することにしている。今年は、8月の後半になるまで、こういったイベントは皆無で、三回のイベント参加のノルマが果たせないと心配していた(でも、秋のお教室のリサイタルの予約は受け付けてくれた)けど、ようやくお知らせがあり(それも、イベントの二日前)運よく、他に予定も入っていなかったので、ちょうどよいと行って来た。

 

今回のピアニスト・先生はロスアンジェルスの方で大学の教授をしているらしい方で、名前(と英語の訛り)から察するにロシア出身のようで、最初の30分のミニコンサートではロシアロマン派の曲を中心とする選曲だった。どの曲も聞いたことのない曲だったけど、私もトライしてみても良いかなと思えるものもあった。でも、この先生は演奏中(特に最初の何曲か)で(楽譜を見てないから確信ではないけど)ポロポロとミスをしていた。それでも、素知らぬ顔をして演奏を続けていた。先日、日本のテレビでピアニストの反田恭平さんが「プロでも、コンクールでもミスはする。コンクールではミスをした時に、どうやってそこからリカバーするかも審査の対象になっている」と言っていたことを思い出した。

 

マスタークラスの方は今回は4人の生徒が出演。最初の生徒は中学生から高校生くらいの男の子。私にはすらすら弾けそうもないよ~というレベルのブラームスとリストの曲を一曲づつ弾いた。なかなか上手で、すごいなぁと思っていたのだけど、先生にはフレーズ感がないのか気になったらしい。30分ほどのクラスは、違うアングルからのアドバイスだけど、フレーズ感を出させたいという指導に終始。この先生は弦楽器を演奏するのか、右手で弦を曳いている手振りで「パラパッパンパン」などと歌って指導する。その口調が私の属するアマオケのコンマスさんとそっくりで、面白くなってしまった。しかし生徒の方には、全く意図が伝わっていない。多分、この子の普段の先生は「ピアノを弾く時は歌うことが(も)大事」ということを全く指導してないのだなと推測した。

 

二人目は、ピアノを習い始めて5年程になる15~16歳の男の子。ショパンのエチュードOpus 10の1を弾いた。早いテンポで、アルペジオで鍵盤の上を行ったり来たり、そつなく弾いているようなのだけど、なんだか曲感がない。先生の第一声は「テクニーク的にも、芸術的にも難しい曲を選びましたね。今は一所懸命に弾いていますが、少し指の動きに余裕が持てるくらいでないと弾きこなせん」曲感のつかみ方や練習方法について指導があったけれど、その子の演奏は全く変わらない。先生が最初に言っていた通り、楽譜にある音符を追っかけるだけで精一杯で、他のことを考えたり、実行したり余裕がないのだろう。この子の普段の先生は、兎に角難しい曲に進むことばかりを目指して、楽譜の通りに指が動けばよい的な指導をしてきたのではと思った。先生も途中で諦めたようで、早めに終了「こういう難局には、下地のテクニークがしっかりマスター出来てから挑戦しなさい」という心の声がひしひしと伝わってきた。

 

三人目は中学生くらいの男の子。私が属する音楽教師協会のコンクールで優勝や入賞を何度もしてきた子らしい。選曲したのはベートーベンのピアノソナタ・ト長調(Opus 14 の2)の第一楽章。楽譜をしっかり読み込んで、それを忠実に再現している、いかにも優等生な演奏で、先生は「楽譜をちゃんと理解して弾けてるし、フレーズ感も悪くない」この先生はコンクールの審査などもやっていらっしゃるそうで、こういう演奏がコンクールでは評価されるんだなと再確認させられた。詳しい指導内容で印象に残ったことはなかったけど、先生の指導もちゃんと理解し、体現していた。この子は若いながらも「楽譜通りに指が動けばよい」以上の指導を常日頃から受けていて、そういうアドバイスをきちんと取り入れる訓練が出来ているのだなぁと感心した。

 

四人目は大学一年生の女性。ショパンのノクターンを弾いた。この年になると、やっぱり人前で弾くのに緊張するるのか、始めの1/4から1/3位までは、手が震えているのがしっかり見えた(私は一番前の舞台に向かって左手の席を確保していた)この子のレッスンが一番マスタークラスっぽかった。先生はこの子の譜読み、曲の解釈、フレーズ感などの理解に、おおむね満足な様子で「ここはどういう解釈でひいているの」とか「この部分での表現についてはどう考えているのか」というような高度な質問が多く、生徒もきちんと自分の考えを述べていた。そして、先生が少しアドバイスすると、それなりに演奏が変わる。この辺りが、子供の手習いとしてのレッスンと大学でのレッスンの違いなのではと思っていた。それにしてもこの生徒は、家の近所の短大に入学したらしい。私もそこで音楽のクラスを取ったことがあるけど、学生の半数は、今まで音楽やったこともないけど、音楽方面にも進むの面白そうというレベルの子達。そういう子たちが通う短大に入ったなんて、音大や四年生大学の入試に通らなかったのか、はたまた、お金がないから(短大の授業料は激安)今はとりあえず短大で、その後四年生大学へ転入するつもりなのか、と私には全く関係のない心配をしてしまった。