この続きです。


Aちゃんがやってくる日程が決まった。

共通の同僚Mちゃんと一緒に来てくれる。

夕飯はホテルかと聞いたら「特に決めてないです。今回はmarukoさんに会いにいくのが目的ですから」と嬉しいお言葉。

それを聞いたモラ夫は「よし❗️うちでバーベキューをしよう‼️」と張り切った。


モラ夫は2週間前からちょくちょく天気予報を見ては

「雨らしい」

「雲りでおさまりそうだ」

「気温が低いかも」

「あいつはスニーカーで来るのか」

といちいちうるさい。


なんとしてもバーベキューをしたいという強い思い。バーベキューは男の仕事、かっこいいところを見せたいのだろう。

結局モラ夫にこき使われるのは目に見えているので、私自身はみんなで外食のほうが楽なんだけどな。

まあ、AちゃんとMちゃんがバーベキューの話をしたら喜んでくれたから、良しとする。


さて、当日の朝。

朝起きると、モラ夫が窓の前でがっくりと肩を落としていた。


見ると、外はこれでもかというくらいの大雨だった。


「お前のせいだ❗️お前の普段の行いが悪いから雨になっちゃっただろ‼️」

とモラ夫は不貞腐れる。

私は心の中でラッキー、と思った。


しかし、雨まで私のせいなのか。

というか、還暦が近い男が本気で不貞腐れるってどうよ。


そんな前段はさておき、AちゃんとMちゃんは雨の中予定通りやってきた。

モラ夫はAちゃんに会った途端、さっきまでの不貞腐れはなんだったといった感じで嬉々として家の中を連れ周り、自分がセルフビルドで建てたのだと自慢した。

さすがAちゃん、

「わー、モラ夫さん、すごーい。こんなことまでやっちゃうんですねー。信じられなーい。もうプロじゃないですかー」

とMちゃんと一緒にモラ夫を褒め倒し、モラ夫はすっかりご機嫌になった。


女3人集まれば話はつきない。

元の職場がどうなっているかを聞くのは面白かった。

組織とレポートラインが変わり、外資系でもないのに報告書類の書式が英語になったそうだ。

たった2年でこの変化。

もしも今、私が勤めていたら多少英語がわかったとしてもストレス超MAXだったと思う。

いよいよ帰国子女Aちゃんや、某国際コンサルの役員秘書だったMちゃんの時代になったというわけだ。


「そういえばアメリカの税務局から電話がかかってきちゃって、Aちゃんに私になりかわって対応してもらったことがあったよねー。」

なんて話も懐かしい思い出だ。

「そうですよ!いきなり受話器渡されて、marukoですって電話に出て、着任したばかりでわけのわからないアメリカの税務の話を英語でしなくちゃならなくて、かなり緊張しましたよー」

とAちゃん。

だって、私が電話で英語を聴き取れるわけないじゃないの。だから帰国子女のAちゃんに頼んだんじゃないの。


「私が転職してきたとき、marukoさんとの初顔合わせでご挨拶したら、怖い顔でいきなり私の机の引き出しを開けて『ここにMちゃんの分のお菓子が入っているから、鍵かけておいてね。』って言われたんですよ。え?え?え?いきなり何だろう?って驚きましたよ〜」

とMちゃんに言われて、ああ、そうだったと思い出す。

いろんな人からチームあてにお土産やらお菓子やらをいただくので、都度メンバーで分けていたのだが、今度くるMちゃんの分もとっておこうとM ちゃんの机の引き出しにしまっておいたら、突然上司である部長がやってきて当たり前のように引き出しをあけてお菓子をポリポリと食べ始めたのだ。

「部長にはこの前あげたじゃん!せっかくMちゃんのためにとっておいたのに」と無性に腹が立ったので、チームメンバーに『お菓子は鍵のかかる引き出しにしまうように』と大号令を出したのだった。


とまあ、お腹を抱えて大笑いするような珍事件が頻繁に起き、笑い声で周りに迷惑をかけてしまったため、私たちのチームは席替えで窓際に追いやられてしまった。

でも、あそこはあそこでちょっとした隔離感があって、かなり居心地が良かったと3人で想い出に浸る。

女性だけ6人のチームだったが、ほかのメンバーもいつも笑い転げていて、本当に楽しかった。


「あれからいくつも部署を異動しましたけど、間違いなくあのときが一番楽しかったです。毎日会社に行くのが楽しくて楽しくて。」


2人の言葉にうるっときた。


そしてAちゃんが言った。


「今回遊びに来れて、本当に良かったです。役職定年がなんとなく視野に入ってきて、子供たちも手が離れるし、その後はどうしようかなーなんて思ってたんです。お二人の楽しそうな姿を見て、こんな選択肢もあるんだなぁと思えました!また遊びに来てもいいですか?」


それまで黙って話を聞いていたモラ夫はこの言葉に即座に反応した。


「いいじゃん、いいじゃん。なんなら退職したらここに来てみんなで一緒に暮らせば?」


一瞬の沈黙のあと、我が家の狭い居間は大きな笑い声に包まれた。


その後は、モラ夫がAちゃんを口説いたときの話で盛り上がった。


「懐かしいですねー。すごくびっくりしたのを覚えてますよ。びっくりしたのど同時に忘れられないことがあります。

お腹に赤ちゃんがいるって言ったとき、モラ夫さん、火をつけたばかりのたばこをもみ消してくれましたよね。

私自身は居酒屋だし全然気にしてなかったんですけど、モラ夫さんの配慮にものすごく感動したんです。私の妊娠を知ってすぐにたばこを消してくれた人なんて、それまでいませんでしたから。」


なんと、Aちゃんはちゃんと覚えていてくれた。


「だろ、だろ。俺って思いやりのある優しい男なんだよ。

で、もしお腹に赤ちゃんがいなかったら、あの時オレの女になってた?」

調子に乗ったモラ夫。

えぇー…と言いながらしばらく宙を見たAちゃんは静かに答えた。


「あのときは、お腹の赤ちゃんの父親のことが本当に大好きだったんです。

だから、きっとお断りしてたと思います。」


居間は再び沈黙に包まれた。


モラ夫が沈黙を破って言った。

「お前もばばあになったもんなぁ」


「ひどーい」と叫ぶAちゃんの声と共に、居間は再び笑いに包まれた。


20代半ばのAちゃんは、体中から滲み出る幸せオーラでキラキラしていた。

それは社内でも有名だった。

あれは大好きな人がいるという、恋のなせる技だったんだね。

あれからお母さんになり、シングルマザーになって子育てしながら会社の試練を乗り越えてきたんだね。

あの頃も綺麗だったけど、私には今のAちゃんのほうがずっとずっと素敵に見えるよ。


その後も残念ながら雨は止むことなく、バーベキューを諦めた私たちは、駅近の美味しいイタリアンレストランで夕飯をとった。


車で2人をホテルに送りながら思う。

モラ夫の言う「みんなで一緒に暮らしたら?」が実現したら、それはそれで楽しそうだ。


私のそんな楽しい妄想をつゆ知らず、AちゃんとMちゃんは「絶対また来ますねー」と言って帰って行った。


「バーベキューしたかったなぁ」

モラ夫が車の中で寂しそうに言った。