先日、父のスマホを解約した。


父からの電話が完全に無くなったことに寂しさを隠せずにいたある日、父の名前で私のスマホに着信があった。


しばらく眺めた後、おそるおそる電話をとる。


兄からだった。


「実家の固定電話を解約するよ。この電話をもって、実家の電話は使えなくなる。

最後の実家からの着信をmarukoのスマホに残しておいてあげようと思って。」


実家は私が生まれた年に完成した。

50年超慣れ親しんだ実家の電話が消滅する。

兄の優しさを嬉しく思うと同時に、家族4人の新生活の喜びに溢れていた、当時の若かりし両親の姿を想像すると、猛烈な寂しさに襲われた。


固定電話解約の翌日、父のスマホと実家の固定電話に電話してみた。

「この電話番号は現在使われておりません」

どちらも無機質な音声が流れた。


父との会話を思い出してみる。

亡くなる2週間前、父はまだ会話が出来た。

夜、ベッドの脇に座る私に父が言った。


「maruko……残念だよ。」


私は、この言葉をまもなく自分の命の灯が消えようとしていることを父が察知しており、移住先の家を見ることが出来なかったことを言ったのだと理解した。


「お父さん、家なんてただの箱。大切なのはその中でどう過ごしていくかでしょう。どこであろうと、こうしてお父さんと一緒に過ごす時間のほうがずっと大切だよ。」


父は横向きに寝ながら小さく頷いて、こう言った。


maruko。残りの人生を元気に精一杯、楽しく過ごしなさい。自分らしく、marukoらしくだよ。

身体には充分に気をつけて。今から少し鍛えておいたほうがいいぞ。年をとってから後悔しても遅いからな。」


眠りに落ちようとしている父に布団をかけながら、私は言った。


「わかったよ、お父さん。私らしく精一杯生きるよ。身体もしっかり鍛えるよ。約束する。


ねえ、お父さん。いつかはわからないけれど、お父さんは、自分の意思で思うように動けない重たい身体を捨てようと決めるときが来る。そのとき、お父さんの心は私の身体に入るんだ。そして、私の目を通して、私の残りの人生を一緒に生きていく。今はお互いに身体があるから別々でやっかいだけど、そのときが来たらその先はずーっと一緒だよ。移住先の家で一緒に暮らしていこう。


母が亡くなって四十九日が過ぎたころから、私は本当に母が自分の中に入ったような気がしていた。

綺麗な花を見れば横で『綺麗だね』と微笑む母の声が聞こえ、母が好きなものを食べれば横で『美味しいね』と母が喜んでいる。

そして、私も幸せな気分になる。


きっと父もそうなる。

今は寂しさが勝っているけど、いずれ父の存在をもっと身近に感じながら過ごせるようになる。


そんなことを考えていたら、CHIEさんのブログが目に飛び込んできた。




すごいタイミングだなぁと思いながら、自分の感覚が嘘ではないようで嬉しくなった。

両親は私の中で生き続ける。
身体があったころよりも、より身近に。
そしてより鮮明に。

お父さん。
お父さんが挿し木で増やしたお母さんのバラも蕾を持ったよ。
アジサイもどんどん大きくなってる。
移住先の家で、一緒に眺めながら成長を楽しもうよ。
もちろん、お母さんも一緒だよ。