少し話が戻るが、別居のけっかけとなった地鎮祭で起きたことを残しておこうと思う。
私たちが家を建てようとしていた土地は、田舎の山だった。
地元の人が先祖代々引き継いだ土地で、昔は畑もやっていたようだが、ここ2世代くらいはコナラやオニグルミや山栗などの広葉樹が好き放題に生える腐葉土の鬱蒼とした森になっていた。
売り主さんに聞いたところ、その土地にも周囲の土地と同じように唐松を植樹したのだが、なぜか植樹した木はすべて枯れてしまい、勝手に生えてきた広葉樹だけが残ったのだそうた。
私たちは広葉樹のこの森をとても気に入り、その一角に家を建てるように自力で下草を狩り、整地したのだった。
移住先には、神主さんがいる神社は1件だけだった。
私たちは迷うことなくそちらの神社に地鎮祭を依頼し、当日の朝、土地の真ん中に地続きの山に生えていた笹を4本立てて、お供え物を用意して神主さんの到着を待った。
神主さんは若く、そしてユーモアのある人だった。
竹4本をしめ縄でつなぎ、手前のテーブルの上に白い布を広げ、「こちらにお供え物を」と言われ、私が小屋でザルの上に揃えておいたお供え物を運ぼうとした。
そのときだった。
テーブルの1mほど手前で、ザルの上でラップに包んであった尾頭付きの鯛が、ビチビチと跳ねあがったのである。
嘘だと思われるかもしれないが、私はお供え物を落とさないよう、ザルの上を見ながら慎重に歩いていたのだ。
跳ねあがった鯛は、地面に落ちた。
私は改めて地面の上の鯛を見たが、当然動かない。
地面に落としてしまったものをお供えするって、なんかよろしくないのではないか?
私は恐る恐る鯛を拾い上げて、ラップについた土を払った。
一部始終を見ていた神主さんは、『地の神様が待ちきれなかったようですね。大丈夫ですよ。これからお供え物もお払いするんですから。』と笑い飛ばしてくれた。