私が実家に戻ったことで、父が元気になったのはとても喜ばしいことだ。
一方で、大変だったのも事実だ。
①食べものに追われる
身体の自由がきかなくなり、外出もしなくなる中、父の生活の中心が食とならざるを得ないのはわかる。
わかるが、とにかく食に忙しなかった。
朝食を食べながら、昼食はあれでいいな、と言う。
昼食を食べながら、夕食は冷蔵庫に◯◯が入っているからやっつけなければ、と言う。
これが毎日だ。
モラ夫もメシメシとうるさいが、父も年中食べもののことを考えていた。
男の人はみなそうなのだろうか。
私は食事の時間にはこだわりがないし、原則として1日2食でいい。なんなら1食でも平気なときがある。
みんな、1日3食べなくてはならないという固定観念にとらわれすぎではないだろうか。
まあ、父が90歳を超えても元気でいられるのは、好き嫌いなく、しっかり3食食べるからなのかもしれない。
母が父が引退してずっと家にいるようになり、体調を崩して一週間ほど入院した理由がよくわかった。
②テレビを見れない
父は耳が遠いので、テレビを見ない。
それは別にいいのだが、テレビを見ない分、会話をしたがる。
私がテレビを見ることは別に止めないが、見ていてもお構いなしに話しかけてくる。
そして話が長い。
ドラマなどは常に途中で遮られて内容がさっぱりわからなくなる。
テレビを見ているときは話しかけないで欲しいと言えば良いのだろうが、それを聞き取ってもらうのにまた労力を使う。
いつの間にか私はテレビを見なくなった。
②思い立っての外食が出来ない
ずぼらな私にとって、これは意外にキツかった。
車があれば良いが、実家には車がない(父は80代早々に車を手放した)。
外食となれば徒歩かタクシーになる。
これはかなりハードルが高い。
自転車という手はあるが、耳の遠い父は車が脇を通り抜ける音に気づかず、危険極まりない。
なので、簡単に済まそうということになっても、私がお弁当を買ってきて、家で味噌汁を作ることになる。
結局のところ、買い物に出るなら食材を買って普通に作ってもいいのだ。
Uber Eatsという手もあるが、父にスマホでメニューを見せてオーダーを決めてもらっていたら、注文完了までに1時間はかかるし、説明する私の声がもたない。
高齢者と2人で暮らすということは、自分の思いつきで行動出来ないものなのだと改めて悟った。
③大声で呼ばれる
耳が遠い父は、自分の声が大きいという自覚がない。
なので、私が父のそばにいないときは、近所に響き渡るような大声で私を呼ぶ。
私が返事をしていても父には聞こえないため、私が父の目の前に姿を現すまで、大声で何度でも私の名前を呼ぶのだ。
たいていは「お茶を入れたから飲みなさい」といった小さなことだから、ちょっとぐったりする。
自立している父との同居でこれだから、同居で介護をしているご家族の方の大変さは想像を絶する。
子育てはだんだん自分から離れて自立していく過程だが、介護はどんどん自分によりかかってくる過程だ。
もちろん、デイサービスなどの福祉の力を借りることも出来たが、当時はコロナ全盛期だったこともあり、父も私も二の足を踏んだ。
昭和24年の日本人の平均寿命は、男性47歳、女性50歳だったそうだ。
私はとっくにこの世にはいないことになる。
医療の進歩、食べ物の変化で寿命が延びたことは、人生を謳歌する上でありがたいことだが、果たして自分はどうなるのだろうか、と考えた。
私には子供がいない。
姪っ子はいるが、彼女たちにも親がいるわけで、私のこともなんとかしてね、というのはあまりにもかわいそうだ。
買い物に行けなくなったら。
料理が出来なくなったら。
技術の進歩についていけなくなったら。
認知症になったら。
歩けなくなったら。
何事も先手必勝だな、と自分の将来についてもいろいろ考えた高齢の父との同居だった。
ちなみに、奥さんよりも自分が先に逝くだろうと思っている男性の皆さん。
うちの実家もモラ夫の実家も、母が先にこの世を去り、父も義父も、90歳を超えて一人暮らしです。
共働きが当たり前になった世の中、女性も働くというストレスにさらされるようになり、今後は男女の平均寿命の逆転が起きるかもしれません。
男性の皆さんも、自分が1人になるという覚悟と対策を考えておいたほうが良いかもしれません。