真川さんの後を追って音楽準備室へ入ると、彼女は顧問の駒井先生と話をしていた。
何だか2人とも真剣な顔をしているから、割って入れる雰囲気ではない。
また後にしようと思って、わたしは静かに準備室を出た。
お昼ごはんのおにぎりを持って、屋上へ向かう。
他のみんなは仲の良い者どうしつるんでランチタイムを過ごしてるけど。
わたしは、ひとりでいることの方が、多い。
みんなと一緒にいることも嫌いなわけじゃないんだけど。
たまにふっと、息が、つまりそうになる。
アルミホイルをむいて、昆布が具のおにぎりをひと口かじった。
もぐもぐしながら、もたれていた柵に手をかける。
そして、そっと、下をのぞき見た。
体育館前。
青いベンチ。
どこにも、秋の姿は、ない。
『困る』
そう言ったら、秋は、とてもとても、困った顔をした。
あんな顔、させたいわけじゃ、なかった。
いつまでたっても、悔しい。
あのときの、秋の顔が、頭からはなれない。
秋は、わたしのことを、好きでいてくれた・・・・・・んだと思う。
わたしが、秋を好きなように。
秋も、わたしのことを・・・・・・
絶対、ないと思ってた。
ずっと、叶わないままで。
手をのばしても、届かなくて。
そんな、奇跡みたいなことが。
起きるはず、ないって。
秋は、おんなの子を好きにはならないおんなの子、だからって。
自分に言い聞かせて。
納得させて。
押し殺してた。
自分の、きもち。
でも。
叶ってしまう。
届いてしまう。
それをはっきりさせようとする秋のことばが。
待ちわびたぶんだけ。
こわかった。
立ちすくんだ。
わたしが。
秋は、まっすぐに、わたしに向かってきてた。
まっすぐに。
そのまっすぐさが。
こわかった。
でも、
秋を好きなきもちは、今も、変わらない。
「悩める乙女よ」
振り返ると、真川さんが昇降口の扉にもたれて、煙草をふかしていた。
「・・・・・・学校内は全館禁煙です」
白いシャツの前がはだけて、黒のキャミソールのレースが見えている。
くっきりと浮かんだ鎖骨は、何だか少し、痛々しく見えた。
真川さんは、細い。
「まあ。そう固いこと言わない」
そう言うと、携帯灰皿に煙草を放り込んで、わたしに近づいてきた。
わたしがさっきまで手をかけていた柵に、同じように手をかけて、下を覗きこむ。
「秋のこと。考えてた?」
「・・・・・・はい」
真川さんはくるりと向きを変えると、柵にもたれて腕組みをし、空を仰いでためいきをついた。
「はー。揺るぎないねー」
「揺るぎ・・・・・・ない、です」
「コンクール終わったら、ケリつけんの?」
「あの、真川さん、そのことなんですけど」
わたしも真川さんに並んで、柵にもたれかかる。
「わたしの・・・思い違いだったら、ちょっと恥かしいんですけれども」
「何さ」
「真川さん・・・・・・もしかして、結構、上を狙ってませんか?」
真川さんをちらりと盗み見る。
けれど彼女の表情は変わらない。
黒のパンツの後ろポケットに手をつっこんで、新たに煙草を1本取り出す。
ライターで火をつけると、真川さんはやっと、口を開いた。
「狙ってるって言ったら・・・・・・奈々実、どうすんの?」
逆に問いかけられる。
「それなりに、頑張ります」
「・・・・・・泣かすよ、私」
「はい。それも、覚悟の上です。でも・・・・・・」
わたしひとりじゃ、戦えない。
吹奏楽は、ひとりだけでは、できない。
みんなの音が。
みんなの心が、ひとつにならないと。
みんなが、同じところを目指さないと。
「わたしだけが頑張るんじゃ、ダメ、です。みんなの力も、必要です。それを・・・・・・一番よくわかってるのは、真川さんのはずなのに・・・・・・」
突然。
真川さんが、ずずずっと、柵にもたれたまま、コンクリートの地面に崩れ落ちた。
骨ばった細長い指にはさまれた煙草からは、白い煙がたちのぼっている。
そのか細い煙が、真川さんの、声にならない悲鳴のように、見えた。
「わかってるよ・・・・・・わかってるんだけど、さ、」
前髪をかきあげながら顔をあげた真川さんの目は、少し潤んでた。
「激しく葛藤中なんだよ・・・・・・」
「葛藤、ですか?」
「そう」
――あんたたちを、利用するか。しないか。
梅雨が、明けた。
それぞれの夏が、始まる。