「あ。雪だ」


結衣(ゆい)の声につられるように、私も、空を見上げた。

夜空から落ちてくる、無数の、白い雪。

結衣は、自分の手のひらに落ちてきた雪を、うれしそうに私に見せてくる。


「ホワイトクリスマスだねー」


どんなにうつくしく高価な宝石よりも。

手のひらに落ちてきた、たったひと粒の雪の方がきれいだと。

このひと粒が、欲しいのだと。

結衣は笑った。


いとしい。

いとしくて、たまらない。


そう思ったら、からだは勝手に動いていて。


「え・・・奈っちゃん、人が見るよ」


結衣の華奢な背中に腕を伸ばして、きつくきつく、抱きしめた。


「結衣・・・・・・今夜は、帰らないで」


お願い。


子どもみたいだと。

自分を、笑った。


今夜限りで、私は、結衣の前から姿を消すことにしている。


結衣と、別れる。

それが、父との、約束だった。


そうしなければ、

結衣と別れなければ、

結衣は、U響を退団させられることに、なっていた。

結衣の知らないところで。

そんな話が、進められた。


私はU響のサブコンダクターで。

結衣はピッコロ奏者だ。


彼女は今宵最後の逢瀬になるということなど、まったく知らない。

知っているのは、私だけ。


父へのささやかな抵抗として。

私は、結衣の前から消えるとともに、U響・・・・・・父の元を去ることも、決めている。

これ以上、父に縛られるのはもう、ご免だ。


日本が世界に誇る、UHK交響楽団。

その楽団で正指揮者をつとめる、真川弘一(さながわ こういち)。

彼が、私の父親であることを。

これまでずっと、恨んで。憎んで。

生きてきた。


けれど。


今日ほど、彼のことを、殺したいくらい憎んだことは、無い。



「・・・・・・奈っちゃん、どしたの?今日、何だか変だよ」


結衣のふわふわとした髪が、私の首筋をくすぐった。

たまらなくなって、結衣を強引に引っ張り、人目の届かないビルとビルの間に、すべりこむ。


「んっっっ」


乱暴に、ビルの壁に結衣を押しつけて。

結衣のくちびるに、くちびるを重ねた。


「奈っちゃっっ、」


息ができないほど。

ことばが紡げないほど。

思考回路も途切れるほど。


かみついて。

からめとって。

ふたりだけの世界へ、攫った。


めちゃくちゃにしたかった。

ぜんぶ。

めちゃくちゃに、したかった。


明るく陽気なクリスマスソングが。

きらめく色とりどりの光が。

すべて、遠ざかっていく。


結衣と恋におちた日のことを思い出しながら。

寂しがりやの結衣を抱いて、眠った。




翌朝。


無防備すぎる結衣の寝顔を、5分間だけ、眺めた。


私が。

女ではなく、男だったら。

父は、許したのだろうか。


昨夜渡すつもりで渡せなかった結衣へのプレゼントを机の上に置いて。

私は静かに、ホテルを後にした。



一度、家に帰る。

目立たない場所へ隠しておいた、赤いトランクに。

乱雑な文字で走り書きされたメモが、貼り付けられていた。



『奈津子。どこへでも好きな所へ行くといい。

父さんはどこまでも、君を追いかけよう。

逃げ切れると思うな。

お前は俺の、たったひとりの娘なんだからな』



父親の、不敵な笑みが、脳裏によぎる。


「ばかやろー」


呟いて。

ブーツに足を突っ込むと、私は、玄関のドアを開けた。



雪が、降り続いている。

薄く積もった雪を、ブーツのかかとで踏み鳴らした。


いとしいひとが、好きだと、言った。

きれいだと、欲しがった。

その雪を。

手のひらに、ひと粒、のせた。


いとしいひとが、好きだと、言っても。

きれいだと、欲しがっても。

あげることが、できなかった。


手のひらのちいさな雪は、またたくまに、溶けていく。


私の体温が。


雪を、溶かす。


結衣を、溶かす。


溶けたものは混ざり合って。


やがて、見えなくなる。




遠ざかったクリスマスソングが、また、耳の奥で鳴り始めた。





END



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こんばんは、安藤みや子です。



巷ではもうすぐクリスマスということで。

読者の皆さまに、少しでも楽しんで頂けたら・・・・・・と思いまして。

番外編のプレゼントを考えたのですけれども。

しかし、本編ではこれから盛夏という、まったく真逆の季節を奈々実と秋は突っ走っておりまして;

彼女たちで書くのは、今の段階では難しいもので。

魔性の女、真川奈津子の過去に迫ってみました。

若干、おとなの恋風味になっております。


これからも、マイペースではありますが、更新頑張りたいと思います。

最後まで彼女たちにお付き合い頂ければ幸いです。





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