無我夢中で練習して、合奏して。
ぶつかりあって。
そのたびに、お互いが納得できるまで、話し合って。
もう、ダメかもしれないって。
何度も、どこまでも、落ち込んで。
その度に、誰かが、手をさしのべたり。
自力で、這い上がってきたり。
浮上したりして。
何とか、自分たちが今の段階でGOサイン出せるところまで仕上げて。
今日の、県大会を迎えた。
まずは、この大会を突破しなければ、次のステージへは進めない。
といっても。
初めの頃に目指していたのは、この県大会で、金賞を獲得することまで、だった。
それ以上のことなんて、考えもしていなかった。
そんなこと、想像すらつかない程、うちの吹奏楽部は、無名で弱小で。
みんなが、『そこまででいい』っていう、意識レベルだった。
でも。
状況が、変わった。
わたしと山田先輩で、真川さんのことについて、部員のメンバーに話をしたあと。
みんな、何もなかったふりで、合奏に臨んだ。
真川さんには、わたしたち全員が、彼女のことについて何かと知っていることは、伏せていた。
伏せていても。
もし、わたしたちが本当に、全国を目指して、何か変わることができたなら。
真川さんは、絶対に、それに気づいてくれる。
わたしたちが、黙っていたとしても。
っていうかむしろ、それを狙って、山田先輩は、伏せておくことを提案したのかもしれなかった。
そして、わたしたちが心の中でガッツポーズをとったのは、案外早くて。
その次の日のことだった。
『あんたたち・・・・・・何、その目の色は』
って。
指揮棒をおろして、真川さんは言った。
合奏を中断して、ミーティングになるのかと思いきや。
真川さんはその場で考えこむような姿勢になり。
そのまま、無言で1時間あまり、びくともしなくなった。
そして。
やっとのことで顔を上げた真川さんは、神妙な面持ちで、わたしたちに向かって、深く深く、頭を下げた。
『私事で、非常に申し訳ないと思ってる。でも今は・・・・・・正直、あんたたちと音楽やれることが、凄く、楽しくなってきてるのも、ほんとなんだ。どうかひとつ、よろしくお願い致します』
その真川さんの言葉に、答えた山田先輩の言葉も、忘れることはできない。
『真川さん。俺たちにとっても、私事、なんです。それに俺たちの方こそ、真川さんとこうして一緒に音楽できることが、もう、奇跡なんです。こんなチャンス、もう二度と、ないんです。どうか、最後までよろしくお願い致します』
頭を下げる真川さんの前で、彼女に向かって膝をつき、そう言った山田先輩の顔を確かめるように、ゆっくりと、真川さんは顔を上げた。
泣いていた。
そして、みんなが、初めて見る真川さんの涙に、
泣いた。
それからの、真川さんとわたしたちのシンクロ率は、演奏中にみんなが鳥肌たつくらい素晴らしいものだった。
本番まで、あと2団体に迫った。
舞台袖へ移動中の、こんなときにまで。
心の中で、お守りがわりにしているのは、秋への想いだった。
聴きに行くよって。
言ってくれた。
ティンパニっていう楽器の名前まで、覚えてくれた。
そのことだけでもう、良かった。
あんなことがあったあとで。
来てくれてるわけがないって。
期待することも、もうとっくに、やめた。
音信不通になってしまって。
夏休みに入ってからは、一瞬でも、秋の姿を見れなくなってしまって。
もしかするとわたしは、吹奏楽に打ち込むことで、秋のことを考えないようにしていたのかもしれなかった。
舞台袖。
みんな、暗がりの中でかなり緊張した面持ちになっている。
そんな部員ひとりひとりの顔を、両手でぱこっと挟み込んだり、鼻先を人差し指で押し上げたりして、タコやらブタみたいな顔に、真川さんはしていく。
同時に、「ぶっさいくな顔だなー」とか何とかののしっていて。
みんな無声音で、「奈津子さんがしたんじゃないかっっ!」って、仕返しに、噛み付いてた。
みんなの、緊張しすぎて吐きそうっていうアレが、真川さんのそのいつも通りの自然な行為によって、消滅していく。
そして、パーカッション隊一番最後尾の、わたしの番になって。
真川さんは、わたしの前に立つと、マレットを握りしめていたわたしの手を掴んで、ティンパニの陰に隠れるようにして、身をかがめた。
「奈々実・・・・・・」
返事をしようとした瞬間。
ふわりっと。
真川さんの匂いが、鼻先をかすめて。
気づけば、真川さんの細い腕で、力いっぱい、抱きしめられていた。
「頼む、今だけ、このままで」
・・・・・・真川さん、ふるえてる。
緊張のためのふるえなのか。
それとも・・・・・・
――こわい?
「真川さん、だいじょうぶです」
不思議と。
そんな言葉が、何の躊躇いもなく、出ていた。
みなぎるような自信なんか、ない。
だけど・・・・・・
「だいじょうぶです。わたしたちみんな、真川さんのこと、大好きです」
前の団体の演奏が、自由曲の演奏に入った。
わたしたちの出番は、もう、数分後だ。
「奈々実も、私を、好き?」
「もちろんです。大好きですよ」
真川さんの問いに、わたしは当然だというふうに、こくりと頷いて返事をした。
「秋よりも?」
一瞬、静止して。
思わず、吹き出しそうになる。
真川さん・・・・・・何だか、子どもみたいだ。
「舞台の上、で・は、わたしは真川さんのものなんでしょ?」
敬語がすっとんでしまったけれど。
そんなこと、もう、お互いが気にしていなかった。
真川さんはわたしの気持ちを汲み取ってくれたようで。
苦笑すると、ようやく、からだを離してくれた。
そして。
瞬時に、指揮者の顔に、変わる。
「奈々実、呼吸を――」
呼吸を、忘れるな。