こんにちは、Eimiです。
最初にお知らせします。
長編小説『悔恨の果てに』を2/2に更新しました。
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さて、今日は蘇芳環さんの短編小説を掲載いたします。
短いものですので、最後までお付き合いしていただけたら幸いです。
『真夜中のドライブ』Ⅰ
蘇芳 環 著
金曜日の夜だった。
夕食も終り、後片付けも一段落着く頃、夫の洋司が突然言った。
「さあ、用意をしよう。今から出発だ」
妻の英子は唖然と洋司の顔を見つめた。
もうすぐ九時半になる。
小学生の長男と三歳になった次男が、風呂から上がって来て、裸のままで遊び出した。
洋司は不機嫌な顔で再び繰り返した。
「行くぞ、みんな早く服を着て用意をしろ」
「行くって、何処へ」
洋司は英子の不満気な顔を無視し、立ち上がって威圧的な態度で続けた。
「何処でもいいだろう。行くと言ったら行くんだ。みんな、ついて来い!」
亭主関白で短気な洋司が怒鳴ると、家中がビリピリする。
英子は何が何だか分からないまま、仕方なく外出の用意を始めた。
服やタオルやゴミ袋をスポーツバッグに詰め込み、 それに少しのお菓子も準備した。
そうして午後十時過ぎに家族全員で、四輪駆動のジープに乗って家を後にした。
洋司は黙々と運転する。
子供達が、後部席と荷台とを往き来しながら騒ぎ続ける中、英子は不審な気持ちで何度も彼を覗いた。
洋司は深刻な表情で眉をしかめている。結婚して十年が過ぎる。
二人は年齢も一まわりも離れている。
「年が離れていると優しくされて甘えられるし、喧嘩にもならないんじゃない?」
新婚当初からそういう言葉を友人達や両親から聞かされては、英子はいつも、冗談じゃない、と思い続けて来た。
十二歳も違えば育った時代も違うし、農家の一人息子の洋司の価値観と、サラリーマン家庭に育った英子のそれは、全く違うものだった。
食事といえば自家栽培の野菜の漬物を中心に考える洋司には、調味料は味噌と醤油と砂糖が全てであり、外食や洋食は全く受け付けない。
自立と労働 こそが、洋司の考える「正義」と「善」の中心だ。
現代っ子らしく育った英子には頭を痛める事ばかりだった。
例えば、お昼とは英子には、正后から午後三時頃までを表す言葉であるのに対して、洋司は正后きっかりを差すものだった。
そんな価値観の違いは幾らでもあった。
たったそれだけの事でも口論になる。
また家事は女性の仕事だと考える彼は、英子が風邪で寝込んでいても、妊娠中のつわりの最中でも、決して手抜きを許さず、手伝う事もなかった。
だから英子にとって甘い新婚時代はなく、忍耐とカルチャーショックの新婚時代だったと言えるだろう。
ただ英子は洋司を尊敬していた。
洋司は小遣いも無く、愚痴も零さず働く。
休日は必ず家族と共に過ごし、親思いで妻思いで子煩悩だった。
良かったのか悪かったのか分からない結婚生活だが、何はともあれこの十年間、英子は洋司に仕えて来た。
そして一昨年には洋司の実家に帰り、姑との同居生活に入っている。
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