玄関先で一人煙草を吸ってて
ふと思い出してしまいました。
離婚する前、
子どもたちと一緒に住んでる時、
こうして同じように
煙草を吸いながら(元)夫の帰りを待ってた自分を。
フラッシュバック。
苦い思い出がよみがえりました。
そして、
思いました。
「私はどんな風に育児と向き合ってきたんだろう。」
と。
あの頃の私は
とにかく余裕がなかったと思います。
【~しなきゃ!】にがんじがらめにされて
自分で自分を追い詰めてしまっていました。
死にたい、消えたいと思いながらも
仕事もろくにしてないんだから
(週2日、一日四時間だけ働いてました)
掃除は毎日するのが当たり前、
ご飯も惣菜なんてもってのほか、
宿題もちゃんとやらせて、
夜21時には寝かせて…
でも果たしてそれは、
誰のためだったのでしょう。
今考えてみたら、
私は私自身のために無理していたように思えました。
【育児】が目的ではなく
【私がダメな母親だと思われないためにやっていた】んじゃないかと。
離婚して一年三ヶ月。
少しずつ、
当時の自分が見えてきたような気がするのです。
私が闘っていたのは
【病気】でも
【年齢差(7歳差)育児】でもなくて
ただの
【私自身のプライド】
だったのではないか。
私は、
母親失格とか
こんなんじゃ母親として申し訳ないとか
そんな風に考えてきたけど
母親はどうなったって母親だし
いちいちジャッジする必要があるんだろうか?
と思えました。
あぁ、
もっとこのことに早く気づいていればな…。
子どもたちは、
元夫のもとで、
怠惰な生活ながらもそれなりに楽しそうに過ごしています。
寝るのは日付が変わる頃だし、
お菓子やジュースも際限なく与えられているようだけど。
元夫の育児方針に拍手は送れないけど
夜21時に寝るために
毎日毎日ピリピリカリカリしていた私と過ごすよりは
今の子どもたちの方がのびのびとして見えます。
私は育児とどう向き合ってきたんだろう。
子どもたちのことなんて本当は考えてなかったのかもしれないな。
ただ、
見えない自分のプライドのためだったんじゃないか…。
もっと早く気づいていたらな…。
そして、
ぐるぐるいろいろ考えて、
思いました。
これからは、
私が笑顔でいよう、と。
怖い顔したお母さんは、もう卒業。
これからは、
私が笑顔でいられるように、
日々を過ごしていこう。
いつか、
子どもたちが大人になって、
自発的に「会いたい」と思ってくれるような、
そんな母親になりたい。
だから、
私は楽しく生きよう。
そう、決めました。
今日はハンドメイドもできたし
有意義な時間の過ごし方ができたと思います。
これからも、
一日一日を大切に。
目の前にあることを淡々とこなして、
楽しめるところは楽しんで。
前を向いて歩いていきたいです。
明日はどんな自分に出会えるかな。
明日も穏やかに過ごせますように。