目取真俊「魂込め」 呼び戻せない人のそばで

魂を呼ぶ声、海を見る人
浜辺に、枝ぶりのいい木が立っています。沖縄で浜すう木と呼ばれるモンパノキで、兎の耳のような形の葉が風に揺れています。その木陰に、ひとりの男が膝を抱えて座り、ただ海を見ています。
男は水色のTシャツを着ています。同じTシャツを、隣に腰をおろした老女がたたんで小脇に抱えてきました。座っているのは男の体ではなく、体から抜け出した魂だからです。
男の名は幸太郎、老女の名はウタといいます。ウタは沖縄の言葉で呼びかけます。
「早く、家に戻らんな。」
早く家に帰っておいで、という呼びかけです。けれど幸太郎の魂は振り向きません。
目取真俊の短編「魂込め」は、ウタが幸太郎の魂を呼び戻せず、物語の最後にも、海へ向けた祈りが届かないまま残される小説です。
なお、題名は「まぶいぐみ」と読みます。
沖縄では、マブイ(魂)は驚きや事故をきっかけに体から離れることがあると考えられてきました。離れた魂を呼び戻し、もう一度体に込め直す儀礼が魂込めです。
ただ、この辞書のような説明だけでは、魂込めが人々にとって何であったのかは見えてきません。
作品は、ひとりの老女の手つきと祈りの言葉を通して、その意味を少しずつ明かしていきます。
ウタはこれまで何百回も魂込めをしてきました。ほとんどの魂は素直に言うことを聞いてくれた、と本文にはあります。それなのに幸太郎の魂だけは、どれほど祈っても海から目を離しません。
呼ぶ人と、振り向かない人。このエッセイでは、ひとつの問いを抱えて作品を読みます。
他者を生へ呼び戻そうとする祈りは、なぜ届かないのか。それでも、届かなかった祈りと世話の時間には、何が残るのか。答えを急がず、ウタの隣に座るつもりで読んでいきます。
作品のあらすじ
戻らない魂とウタの祈り
舞台は沖縄の海辺にある小さな集落です。幸太郎は沖縄戦のころ1歳にもなっておらず、いまは50歳を過ぎています。物語の現在は、戦争からおよそ50年後ということになります。
主人公のウタは独り暮らしの老女です。戦争で夫の清栄が行方不明になり、子どももないまま戦後を生きてきました。
物語は、公民館で4月に始まった合同ラジオ体操の場面から始まります。老人会の仲間にどれほど誘われても、ウタは「我ね行かん。」と一言で断ります。
これは「私は行かない」という意味です。スピーカーがうるさいと公民館にどなり込み、電線を切ろうと鎌を手に電柱によじ登りかけたほどの、気丈な人です。
ある朝、近所に住むフミが泣きそうな顔で駆け込んできます。フミは幸太郎の妻で、ふたりには小学生の健太郎と友子がいます。
幸太郎は畑と漁で暮らし、酒と三線(沖縄の弦楽器)を好み、村の祭りで歌い手を務めるほどの美声の持ち主でした。
その幸太郎が、眠ったまま目を覚ましません。口の中には、大きなアーマンが入り込んでいました。アーマンはオカヤドカリのことで、ふだん見かけるものより二まわりも三まわりも大きなものでした。
幸太郎は乳飲み子のころ戦争で両親を亡くし、祖母のカマダーに育てられました。隣近所のウタも、彼をわが子のように気にかけてきました。
幸太郎はよく魂を落とす子で、そのたびにカマダーやウタが魂込めをしてやったのです。
村に伝わる魂込めは、それほど難しい儀式ではないと本文は説明します。魂を落とした場所へ、そのとき着ていた服を持っていき、御願(神や祖先への祈り)を捧げる。
帰りに小石を3個その服に包んで持ち帰り、本人のそばでもう一度御願を捧げて、服を着せる。
そうすれば魂は元の体に戻り、ぐったりしていた者も元気になる、とされていました。
ウタは幸太郎のTシャツを抱えて浜へ向かい、浜すう木の下で海を見つめる彼の魂を見つけます。米と泡盛(沖縄の蒸留酒)と線香を供えて祈っても、魂は動きません。
区長の新里たちは、本土の企業が村に計画しているホテル建設に差しさわるのを心配して、この出来事を秘密にすると決めます。
ウタは日に4度、浜で魂込めを続けますが、幸太郎の体は目に見えて衰えていきました。
6日目の夜、浜で眠り込んだウタが目を覚ますと、1メートルを超える海亀が砂を掘って卵を産んでいました。そこは戦争中、幸太郎の母オミトが死んだ夜に、海亀が卵を産んでいたのと同じ場所でした。
物語はここで1945年の沖縄戦へさかのぼります。食べ物を探して浜辺の畑に出たウタとオミトは、日本兵の影におびえながら、産卵する海亀を見守りました。
卵を採ろうと浜へ飛び出したオミトは、乾いた銃声とともに倒れます。
避難していた洞窟に戻ると、男たちは日本兵に連れ出されたあとでした。夫の清栄も、幸太郎の父の勇吉も、二度と戻りませんでした。
現在の浜では、幸太郎の魂が海亀を追うように海へ歩き出し、砂に吸い込まれるように消えてしまいます。フミの家に駆けつけると、幸太郎はすでに息を引き取っていました。
青年会長の金城の話では、雨戸を開けて写真を撮った若いカメラマンたちのフラッシュに驚いたアーマンが、喉の奥へ潜り込んだのだといいます。
やがて遺体の口からアーマンが這い出し、ウタと村の男たちは格闘の末にそれを殺します。
四十九日が終わった夜、ウタは浜で海亀の子が孵るのを見届け、海に向かって手を合わせます。物語は、その祈りがどこにも届かなかったと記して閉じられます。
作者の経歴と世界観
目取真俊にとっての沖縄と戦争
目取真俊(めどるま・しゅん)は1960年、沖縄本島北部の今帰仁村(なきじんそん)に生まれました。
琉球大学を卒業し、警備員や塾講師などを経て高校の国語教師になります。
1997年、戦争の記憶を抱えた老人の右足が腫れ上がり、親指から水がしたたり続ける短編「水滴」で芥川賞を受賞しました。2003年に教職を退き、執筆に専念しています。
「魂込め」は1998年、雑誌『小説トリッパー』夏季号に発表されました。
翌1999年に短編集『魂込め』が刊行され、2000年には短編「魂込め」が川端康成文学賞を、短編集『魂込め』が木山捷平文学賞を受けています。
発表の年、本になった年、賞の年がずれていることは、覚えておきたい点です。
目取真は戦後の生まれで、戦場を知りません。父親は沖縄戦のとき、鉄血勤皇隊(10代の男子生徒を動員した部隊)に加わった人でした。
作家は身近な人々から戦争の話を聞いて育っています。
本作の戦争は、年表や死者の数としては出てきません。浜の砂の温かさ、通り過ぎる兵士の鉄兜がこすれる音、卵を産み終えた海亀が腹で砂を打つしぐさ。
土地と体の感覚を通して、50年前の夜が現在の浜に重なっていきます。
聞いた話がふるさとの手触りと結びつき、想像力に変わる。私はここに、この作家の出発点を見る思いがします。
ただしこれは作品の手触りから考えたことで、作家がどう書いたかを証明するものではありません。
言葉の扱いにも特色があります。会話の多くは沖縄の言葉(しまくとぅば)で書かれ、教科書版では脚注で意味が添えられています。
「我ね行かん。」の短い拒絶、「あね、幸太郎、待ちよう。」の切迫した呼びかけ。誰が誰に、どんな近さで語りかけているのかが、声そのものとして伝わってきます。
目取真はのちに評論集『沖縄「戦後」ゼロ年』(2005年)を出し、基地の負担や差別が続く沖縄に、全国共通の平和な「戦後」を当てはめることを批判しました。
同じ本には、沖縄を癒しの島として消費するまなざしへの批判も含まれています。また、名護市辺野古の新基地建設に反対し、座り込みやカヌーによる抗議行動に長く加わってきました。
けれど、これらは「魂込め」より後の言葉と活動です。
後年の主張で1998年の小説を説明し尽くすことはできません。
目取真自身も2016年の講演で、文学を特定の主義主張を広める手段にすれば作品はつまらなくなると語り、文学と政治活動のあいだに線を引く必要を述べています。
それでも、補助線にはなるでしょう。本作の海はたしかに美しい。けれどその浜は、母が撃たれて倒れた場所でもあります。
海の青さだけを見るなら、オミトの倒れた砂は見えなくなる。作品には、その危うさへの感度がすでに宿っていると読めます。
目取真の作品は、弱い立場の人を無条件に善人として描きません。
本作の村人たちは助け合いもしますが、ホテル建設への影響を気にかけ、出来事を宣伝に使おうと言い出す者もいます。
ウタ自身も深い悔いを抱えた人です。被害と加害、共同体の温かさと冷たさを同じ画面に置くことで、作中の人々に確かな奥行きが生まれています。
祈りが開く戦争の浜
産卵する海亀を見たとき、ウタは膝が震えてしゃがみ込み、亀に向かって両手を合わせました。魂込めのために通い続けた浜が、半世紀前の夜への入り口になったのです。
あらすじで触れた回想の夜には、見落とせない細部がいくつもあります。
まず、ウタとオミトがあだん(浜に茂るタコノキの仲間の低木)の茂みに身を隠した相手は、日本兵でした。
日本の軍隊は、沖縄の人々にとって友軍、つまり味方の軍のはずです。けれど洞窟には、隣の部落の警防団長や小学校の校長がスパイの疑いで日本兵に切り殺されたという話が伝わっていました。
ウタたちも、友軍だから守ってくれるとは単純に信じられなくなっていた、と本文は書きます。
沖縄県平和祈念資料館の展示も、沖縄戦の日本軍が住民から機密が漏れることを極度に恐れ、沖縄の言葉で話す者をスパイとみなして処分するという命令を出していたことを伝えています。
これは沖縄戦全体の歴史で、作中の集落で何が起きたかを説明するものではありません。
それでも、1879年の沖縄県設置以後、沖縄の言葉や習俗が低く見られてきた歴史も、ウタたちの恐れの背景として考えておく必要があるでしょう。
次に、海亀です。
沖を埋めた米軍艦が連日砲撃を加えるその海を泳いで、亀は卵を産みに来ていました。
ウタはその姿に、戦争が始まる前の村へ戻ったような、この世のものではない感覚を覚えます。オミトは1時間近く、産卵する亀を一心に見つめていました。
亀が海へ帰ると、オミトは「卵を採ってくる。」と言って茂みを飛び出します。ウタは「え、戻れ。」と小声で呼びますが、オミトは聞きません。
ウタは、自分が卵を採ることに思い至らなかったのを恥じました。
洞窟では、老人や子どもたちの衰弱が特にひどかったのです。手を貸さなければと思いながら、浜に身をさらす勇気が出ませんでした。
次の瞬間、火の中の竹がはじけるような乾いた音が響き、オミトの体が横倒しになります。誰が撃ったのか、本文は書いていません。
描かれるのは、袋の口に手をかけたまま倒れたオミトのふたつの足の裏が、とても小さく見えたこと。乱れた髪だけが、風に動いていたことです。
この足の裏の描写で、私はしばらく先へ進めなくなります。食べ物を手に入れるという、生きるためのいちばん素朴な行いが、戦場では命取りになりました。
洞窟に戻ると、男たちは日本兵に連れ出されたあとでした。男たちはスパイの疑いで処刑されたという話はあったものの、どこに埋められたのかはとうとう分からずじまいだった、と本文は語ります。
処刑は伝え聞いた話のまま、確かめようもなくウタの戦後に残されました。収容所から出てすぐ浜へ行ったときにも、オミトの遺体はもうありませんでした。
葬られた場所の分からない死者たちと、生き残った者の悔い。半世紀後に魂込めの場となった浜は、その両方を抱えた場所だったのです。
育てること、償おうとすること
物語の冒頭で、ウタはラジオ体操を拒み続けていました。そこにまず見えるのは、ウタ自身の習慣です。
朝は湯を沸かし、熱い茶で体を温めてから動き出すものだと、昔から伝えられてきました。
スピーカーの騒音への怒りもあり、老人会がそろって体を動かす朝の時間に加わることへの反発もあったでしょう。
自分の暮らしの時間を手放さないその頑固さは、幸太郎の魂を何日も呼び続ける粘り強さと、同じ根から伸びているように見えます。
では、その粘り強さで続けた魂込めとは、ウタにとって何だったのでしょうか。作品の細部を拾うと、辞書の説明よりずっと手触りのある姿が見えてきます。
ひとつめに、魂込めはふだん、大げさな奇跡ではありませんでした。
子どもがびっくりしたときや、疲れてぐったりしたときに、元気を取り戻させるために行う、たいがいは「気休めのようなもの」だったと本文は書きます。
おびえた子どもを、もう一度いつもの暮らしへ連れ戻すための、村の世話の形だったのです。
ふたつめに、儀礼の中心には、本人が着ていた服があります。ウタが抱えていったのは、魚の血や畑の土で染みだらけになった水色のTシャツでした。
海と畑で働く幸太郎の日々がしみ込んだ服を、魂のそばへ運ぶ。魂を呼び戻すことは、その人の暮らしそのものへ呼び戻すことでもあるのでしょう。
みっつめに、祈りの宛先は幸太郎ひとりではありません。ウタの御願は、村の神々や祖先への敬いと扱いに粗相があったなら、すぐに改めますと誓ったうえで、「幸太郎の魂を戻してきみ候れ」と願います。
教科書の注によれば「戻してくださいませ」という意味です。魂込めは、生きている者と神々や祖先とのあいだを結び直そうとする祈りでもありました。
ウタにとっては、さらにもうひとつの意味がありました。
幼い幸太郎が魂を落とすたびに、ウタには、あの世からオミトが息子を招き寄せようとしているように思えたのです。
ウタは魂込めをしながら幸太郎の魂を戻してくれと祈り、オミトの名が記された一族の位牌に線香を上げて礼を言いました。
ウタの魂込めは、亡くなった母親との、言葉にならないやりとりでもあったのです。
戦後、ウタは一人で乳飲み子を育てるカマダーを助け、幸太郎を実の子のように世話しました。
幼い幸太郎を抱くたびに、浜に倒れていたオミトの姿が目に浮かんだといいます。幸太郎を慈しむことは、オミトの無念を晴らし、自分の罪をあがなうことのように思えた。
「けれど、それ以上に」、独り身のウタにとって、幸太郎の育つ姿を見ることは「生きがい」だった、と本文は書き分けます。
悔いから始まった世話の中で、悔いだけでは説明のつかない喜びが育っていたのです。
ただし、ウタの「罪」という言葉を、そのまま受け取りすぎないようにしたいと思います。
銃弾の飛ぶ浜に身をさらせなかった若い女性を、安全な場所から責めることはできません。
オミトの命を奪ったのは、住民の暮らしを戦場に変えた戦争であり、そこで振るわれた暴力でした。ひとりの人の悔いと、戦争を起こした側の責任は、同じ秤では量れません。
世話をしていたのは、ウタだけでもありません。妻のフミは、浜で酔いつぶれた夫をいつものように背負って連れ帰っていました。
婦人会長のツルは疲れ切ったウタを家の前まで送り、老人会長の源八は、惨事のさなかに子どもたちへ手品を見せていました。
アメリカの政治学者ジョアン・トロントは、ケアを気持ちだけの問題ではなく、必要に気づく注意、引き受ける責任、実際の世話、受け手の反応という段階をもつ実践として考えました。
受け手の反応とは、ただ感謝が返ってくることではありません。その反応から、世話が本当に相手の必要に即していたのかを問い直す手がかりでもあります。
ウタの行為には、相手を気にかけ、世話を引き受ける姿がはっきりあります。
ただ、幸太郎の魂は振り向きません。ウタは海に何かあるのかと問いかけ、海亀が現れると「これを待っておったんな。」とつぶやきます。けれどそれは、ウタの見立てです。呼び戻したいというウタの願いと、幸太郎の魂の求めるものが一致していたのか、本文は語りません。
かといって、その沈黙を、はっきりした拒絶や死の選択と決めることもできません。
その沈黙をどう受け止め、相手が何を必要としているのかをどう知るか。ウタの世話は、そこで答えの得られない問いに行き当たります。
魂を記憶する土地と、見世物にする視線
幸太郎は、両親がいなくなったことも知らずに洞窟で眠っていた赤ん坊でした。母が倒れた夜を、彼自身が覚えているはずはありません。
それなのに彼の魂は、母が死んだその浜に座り、海亀の現れるのを待つように海を見ていました。
アメリカの研究者マリアンヌ・ハーシュは、ポストメモリーという考え方を示しました。親の世代の深い傷が、話や写真やふるまいを通じて次の世代に受け渡され、強い結びつきを生むことを指す言葉です。
ただしそれは、本人が直接覚えている記憶とは違います。伝えられたものを通じた、後から生まれた者の関わり方です。
本文は、幸太郎がどんな話を誰から聞いていたのかを示していません。ですから、この概念で幸太郎の心を説明することはできません。むしろ当てはまるのは、戦後生まれの作家や、作品を読む私たちのほうでしょう。
そのうえで、ここからは私の読み方ですが、本作では土地と生き物が記憶を抱えているように描かれています。
ウタは、目の前の海亀が、戦争中に見たのと同じ亀にも、あのとき砂に残った卵から育った亀にも思えると感じます。
研究者の黒沢祐人も、博士論文の公開要旨で、本作におけるウタの記憶の想起が、浜や動植物のような人間以外のものとの関わりに支えられていることを論じています。
一方で、この浜と幸太郎の体には、まったく別の視線も向けられます。
カメラを下げた若い男がふたり、遺跡や行事の写真を撮って記事にしていると言いながら、集落をうろつき始めます。ねらいが幸太郎であることは、言葉の端々から明らかでした。
村の側にも、口にアーマンの入った人がいると知られたほうが宣伝になる、と言い出す者がいます。
のちにアーマンと体を張って闘う青年会長の金城です。助ける力と珍しがる心は、ひとりの人の中にも同居しています。
カメラマンたちは夜、断りもなく雨戸を開け、眠る幸太郎にフラッシュを浴びせました。写真や報道そのものが悪いのではありません。
問題は、苦しむ人の家に踏み込み、その体を見ものとして写し取ろうとした、このふたりのふるまいです。
不思議な沖縄の話を読みたいという読者の気持ちも、どこかでこの好奇心と地続きかもしれません。
引き抜かれて畳の上に黒い円を描いたフィルムの描写は、読む私たちにも静かに向けられています。
傷ついたアーマンの目
幸太郎の亡きがらの口から、アーマンが触角を伸ばし、紫の鉛筆のような目を突き出してウタを見ます。
ウタは両手で左右のはさみをわしづかみにして叫びました。「この腐れアーマンが。」
続く格闘は、悲しみと怒りと、どこか滑稽さの入り混じった場面です。古堅がウタの腰をつかんで引っぱり、金城が爪を1本ずつはがし、泡盛の一升瓶が振りおろされ、鍬とスコップの刃が畳に食い込みます。
区長の新里は間の抜けた声を出し、源八は戸のすき間から感心した声をもらします。村の人々は、それぞれの体と声でこの出来事に加わっています。
腹を断ち切られたアーマンは、残った足で壁まで這い、体を返してウタを見ました。その弱々しい目の光に、ウタはふいに哀れみを覚えます。
「待てぃよ、弘。」と叫びますが、金城の振りおろしたスコップは止まりませんでした。
甲羅が砕けても、アーマンはまだふたつの目でウタを見つめています。そのときウタの胸に、このアーマンこそがオミトの生まれ変わりではなかったか、という考えが浮かびます。
アーマンは幸太郎の体に入り込んだ侵入者でした。同時に、打たれれば傷つき、体液を流して苦しむ生き物でもあります。
ウタは少し前の浜でも、海に入った海亀をオミトの生まれ変わりのように感じていました。生まれ変わりは、あくまでウタの胸に浮かんだ想いで、本文が事実として示すものではありません。
アーマンを戦争の記憶の形と読むことも、死の姿と読むこともできます。けれど、どれかひとつに決めてしまえば、この場面の芯が見えなくなります。
憎しみに任せて振りおろした刃の先で、相手の目の弱さに気づき、手を止めようとする。その一瞬のためらいが、ここにはあります。
子亀の向こうへ届かない祈り
梅雨が明け、四十九日が来ます。四十九日は、亡くなった人の魂がこの世を離れる節目とされる、死後49日目の供養です。
源八は芋のつるを絡めた竹で部屋中を払い、幸太郎の魂が家や村に未練を残さずあの世へ行くよう、強い口調で言い聞かせました。
魂込めが、離れた魂を体へ呼び戻す儀礼だったとすれば、ここで行われるのは、魂を送り出す行いです。
同じ村の暮らしの中に、魂を呼び戻す手と、送り出す手の両方がある。それを見ながらウタは、幸太郎の魂は無事にあの世へ行けただろうか、と思います。
その夜、ウタは浜すう木の下で、海亀の子が孵るのを待ちます。胸には、幼いころ父が口にしていた言葉がよみがえっていました。
「人のあの世に行くのと亀の子の海に行くのは同じ。」
ウタは、人は海に生かされ、死ねば海のかなたの世界へ行くのだと教えられて育ちました。
沖縄には、海の彼方に神々や祖先の世界があるという言い伝えがあり、ニライカナイの名で知られています。
ただ本文はその名を使っておらず、死者の世界の思い描き方もひとつではありません。ここでは、ウタが父から受け取った言葉として読んでおきます。
やがて砂が崩れ、子亀の黒い群れがあふれ出します。月明かりの下を扇のように広がって海へ向かう速さに、ウタは驚きます。
けれど作者は、美しい再生の場面だけを書きません。左右から走ってきた砂蟹が、子亀をはさみでとらえて運び去ります。
ウタの父が孵化の日を気にかけていたのも、子亀をねらって寄ってくる大きな魚を、銛でとるためでした。白い波までたどり着ける子亀は、ほんのわずかでした。
ここで振り返ると、本作の浜では、命をつなぐ営みと、ほかの命を傷つける行為が、いつも近くにあります。
オミトは飢えた人々のために亀の卵を採ろうとしました。砂蟹や魚は子亀を食べ、ウタの父はその魚をとって暮らしました。
ウタたちは、幸太郎の口から出てきたアーマンを、鍬とスコップで打ち殺しました。生き残ったウタ自身も、ほかの命を傷つけることから無縁ではいられないのです。
もちろん、これらを同じものとして並べることはできません。
生き物が生き物を食べることと、人が人に銃を向けた戦争の暴力とは違います。
戦争には、問われるべき責任があり、それを海の摂理のように受け入れることはできません。ただ、作品はそれらを同じ浜の上に重ねて見せています。
ひとつの読み方として、その重なりを心に留めておきたいと思います。
子亀の群れが消えると、浜にいるのはウタひとりになりました。急に居たたまれないほどの寂しさに襲われ、ウタは足首を波に洗われながら歩きます。打ち寄せる波の中で、海蛍が光っては消えていきます。
本文は、波はあたたかくやわらかだった、と書きます。ウタは立ち止まり、海に向かって手を合わせます。最後の一文は、こうです。
「しかし、祈りはどこにも届かなかった。」
この祈りは、もう魂込めではありません。呼び戻す祈りから、届かない相手のほうへ向き直る身振りに変わったとも考えられます。
ただ、それもひとつの解釈です。作品は、ウタの悟りも、幸太郎の死の受け入れも描いていません。救いは、どこにも書かれていないのです。
それでも私は、届かなかった祈りが無意味だったとは思えません。染みだらけのTシャツをたたんで浜へ通った日々、洞窟で力なく泣く赤ん坊を抱いた腕、漁から戻る姿を父親にそっくりだと言ってやった声。
読み終えた私たちは、その世話の時間を振り返ることができます。けれど、それで最後の一文の届かなさが消えるわけではありません。
あたたかくやわらかな波と、どこにも届かなかった祈り。物語は、そのふたつを同じ浜に残したまま終わります。
今日もお読みいただき、ありがとうございました。
作品本文
目取真俊「魂込め」(筑摩書房 高校文学国語教科書所収、第10章「日常の裂け目 小説(三)」)
研究文献
黒沢祐人「魂落としの文学 目取真俊の小説におけるケアと環境の修復的想像力」和文要旨(東京外国語大学博士論文、2024年審査)
小嶋洋輔「癒されぬ「病」 目取真俊「魂込め」」(千葉大学)
劉妍「少年少女の〈怒り〉と〈復讐〉について 目取真俊『虹の鳥』論」『海港都市研究』16号(2021年)
作者・作品の紹介、報道
国際交流基金『Worth Sharing』vol.2(作品・作者紹介)
琉球新報「目取真俊」作家紹介
木村元彦「作家・目取真俊が語る。教科書には書かれない沖縄戦の実相」imidas(2024年)
琉球新報、目取真俊の講演報道(2016年)
藤原健による池間一武『沖縄の戦世』書評(琉球新報)
歴史資料
沖縄県「『慰安婦問題』『住民虐殺』に対する県の見解」(沖縄県平和祈念資料館の展示文)
思想・理論(原著は未読。指示書や一般的な解説に基づく)
ジョアン・トロント『Moral Boundaries』(1993年)
マリアンヌ・ハーシュのポストメモリー論(『The Generation of Postmemory』2012年、インタビュー経由)
以前の指示書に依拠したもの(今回は未確認)
目取真俊『沖縄「戦後」ゼロ年』(NHK出版、2005年)
JLPP作家紹介、新潮社「川端康成文学賞」受賞作品ページ